恩塚亨のコーチング哲学 vol.1 バスケットボールで人生を豊かに  

公開:2020/10/30

更新:2021/10/12

今、最も注目される指導者の一人、恩塚亨氏の”軸”に迫るインタビューを、3回に分けてお届けします。初回は、指導者を目指した理由、そして指導者になってから現在に至るまでの考え方の変化など。ある試合での選手たちの反応が、コーチングの根幹を大きく変化させることになったそうです。


指導者を目指した理由、影響を受けた指導者

──指導者を目指そうと思ったきっかけは?

高校生の時に指導者になりたいと考えるようになりました。バスケットが大好きで、夢中になってプレーしていた、その時の自分を満足させられるようなコーチになりたいと思ったのがきっかけです。真摯にプレーしている気持ちに応えられる知識や情報を持ったコーチになりたいと。

――その時の指導者から影響を受けたということですか?

高校時代は学外のコーチの方から指導を受けていて、フルタイムではないので、自分たちで考えて練習する部分が大きく、それ自体はよい経験だったのですが、私自身、欲が強かったようです。もっと知りたいという。

──その後、筑波大学、早稲田大学大学院へと進まれますが、その過程で影響を受けた指導者は?

一番は、大学4年生の時に出会った日高哲朗先生(元千葉大学教授)です。知識もあり、情熱もあり、人間的な魅力もあり…指導者の見本として、現在でも意識する方です。

バスケットで人生をより良くする

――その後、高校に赴任されて指導者としての道を歩み、現在に至るわけですが、単刀直入にお聞きします。指導者として、一番大切にしてきたことは何ですか?

「選手のために、ベストを尽くす」です。高校教員時代、職員会議があって練習に遅れ、体育館に走って向かっている時、「この姿勢を貫こう」と自分に言い聞かせました。今でも代表チームの活動などで自チームの練習に遅れてしまいそうな時は、駐車場から体育館まで走っています。

──今でも変わらず大切にしている部分ということですね。反対に、指導を続ける中で変わってきた、進化してきた部分も少なからずあると思いますが。

これまでは、選手がうまくなる、チームが強くなるためにどんなコーチングをするか、どのような練習や戦術が必要か、を主に考えていましたが、最近はベースになる考え方が少し変わってきました。

選手たちは、バスケットを通じて自分の人生をより良くしていきたい、と考えているはずだ、そういう考えで取り組んでほしい、と。ただ好きでバスケットをしていて毎日が消化されていくのではなくて、この活動を通して、私の人生は素晴らしい、とか、私はこの生き方に自信を持っている、と言えるような経験をしてもらいたいと思っています。

今ここで、バスケットをやる意味

──考え方が変わっていったきっかけは何かあったのでしょうか。

一番大きな転機になったのは、インカレで初優勝するシーズンの5月にあった、関東大学選手権の決勝戦(対早稲田大学)の時に起こった出来事です。この試合の前日まで、私は代表チームのアメリカ遠征に帯同していて、試合前日の夜のミーティングから合流しました。

実際に試合が始まると、前年のインカレで私たちに敗戦していた早稲田は、ものすごいエネルギーで試合に臨んできて、それに圧倒される状況に陥ってしまったんです。

第3Qぐらいで、「こんなことでいいのか!」と私は激しく発破をかけたのですが、その時の選手たちの反応は冷ややかで、かなりのギャップを感じました。結果、その試合に負けて、自分は何のためにコーチをやっているのか、何のために日本一を目指しているのか、と考えるようになりました。

その時に辿り着いた答えは、「日本一を目指す過程で、最高の自分たちになれるように成長して、結果を出して皆で喜びを分かち合う」というものでした。勝ったとしても、喜びを分かち合えなければ意味がない。では、喜びを分かち合える関係ってどんな関係なのか。コーチと選手の関係、あるいは選手同士の関係です。その関係性を見直したところから、「各人の人生において、今ここでバスケットをやる意味」を考えるようになりました。

この流れで3年間、(インカレ連覇という)結果を出し、勝つ喜びを分かち合えるようになりましたし、その喜びを自分たちだけでなく、大学関係者や、お世話になったいろいろな方々まで広げて考えられるようになりました。これは素晴らしい経験だと思います。でも、その経験を通じて、自分の人生がどれだけ豊かになったのか、自分自身が成長できたのかと選手たちに問いかけた時、「え?」という顔をしていた。それを見て、ああ、やっぱり課題はここだな、と。以後、この課題に取り組む日々です。


■選手が語る恩塚コーチ その1

崎原 成美 選手(キャプテン※取材当時)】 

恩塚先生は、バスケットをこよなく愛して、とことん研究されている方なんだなと思っています。常に試合をイメージして練習するよう指導されているので、意味のない練習は一つもないと思います。その時その時で、試合中の場面を想定して目線なども考えながら練習しています。高校時代までは、本当に何も考えずにプレーしていました。私は背が高いほうだったので相手の上からシュートを打てばいい、とか、1歩ステップを踏んで抜けばいい、程度の考えでプレーしていたのですが、大学に入って恩塚先生にバスケットの原理原則を教えていただき、一つ一つのプレーに意図を持って行えるようになってきました。
コート外でも、人生について教えていただける機会がたくさんあります。大学を卒業した後の生き方を考える上でも、すごく勉強になっています。新チームが始まった頃、恩塚先生の紹介で「7つの習慣」という本をチーム全員で買って読み、グループごとにプレゼンをしました。その本の中に書かれている「主体性を持って生きる」「Win-Winを考える」「シナジーを創り出す」といった考え方は、ビジネスでの成功を主目的にしていると思いますが、バスケットにも活かすことができています。この本に書かれている重要な考え方を共有した後は、皆がトレーニングに取り組む姿勢が変わってきたのを感じています。各自、自分に何が必要なのかを自分で探すようになったし、自主性が高まったと思います。


>>> vol.2「成長し続けるためのマインドとは」を読む

>>> vol.3「バスケットボールとはどんな競技か。原点を突き詰めよう」を読む


恩塚 亨 Toru Onzuka

1979年、大分県出身。バスケットボール女子日本代表アシスタントコーチ、東京医療保健大学女子バスケットボール部ヘッドコーチ、東京医療保健大学准教授。2006年、東京医療保健大に女子バスケットボール部を創設し、並行してアナリスト、テクニカルスタッフとして日本代表チームに関わる。その高い分析力と指導力を生かし、2017年、創部12年目にしてリーグ戦&インカレともに初優勝。その後、インカレ4連覇を達成した。

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