スカウティングコーチの仕事とは? 元レバンガ北海道・上野経雄コーチに聞く 

公開:2022/11/22

更新:2022/11/21

“分析”を専門的に行うスタッフがバスケットボール界で重要な役割を果たすようになってきました。B1レバンガ北海道で7年間スカウティングコーチ等を務め、現在は日本バスケットボール協会テクニカルスタッフとして代表チーム等の分析に従事する上野経雄氏に、これまでのお仕事の内容などについてインタビューしました。

アナリストとスカウティングコーチの違い

──最初に情報を整理する意味合いも含めて、役職名についてお聞かせください。上野さんはバスケットボールの戦況や個人スタッツを分析する仕事を専門職としてやってこられたと認識しています。前職のレバンガ北海道では、“スカウティングコーチ”という役職名でした。一般的には分析スタッフを“アナリスト”と呼んでいるケースが多いようですが、この2者の違いは何ですか?

上野:スカウティングコーチは、分析した内容を自らコート上でアウトプットして、選手や他のコーチ陣とともに練習に取り組んでいく立場です。これに対してアナリストは、分析データを整理して、客観的評価をヘッドコーチやアシスタントコーチに伝えるのが一般的だと思います。私自身は、レバンガに入って1年目はビデオコーディネーターとして映像分析が主な仕事でしたが、2年目からスカウティングコーチのポジションを与えていただき、練習内容もデザインしていく立場で仕事をしていました。

──Bリーグでは、どちらが一般的なのでしょうか。

上野:最近はより専門化する傾向にありますので、分析担当はアナリスト、練習内容のデザインはアシスタントコーチという分業になってきていると思います。

コーチになるためのキャリア

──ここからは、上野さんご自身のキャリア形成についてうかがってまいります。この職業(スカウティングコーチあるいはデータアナリスト)に就くことになった経緯をお聞かせください。

上野:高校まではプレーヤーとして頑張っていきたい気持ちでバスケットボールをしていました。でも自分の体格では難しいとの思いもありつつ、コーチになりたい希望も持っていました。コーチになるためにはどんなキャリアが必要なんだろうか、と調べると、当時(十数年前)にプロコーチとして仕事をしている方々は、選手上がりの人か、海外留学してコーチングの勉強をした人か。この2つが主なパターンでした。私の場合、前者は無理だと考えていたので、後者かな、と。では海外で何を勉強するのか。それを調べている中で、NBAマイアミ・ヒートのヘッドコーチだったエリック・スポールストラさんがビデオコーディネーター出身であることを発見したんです(注:スポールストラ氏は2022年現在、マイアミ・ヒートのヘッドコーチを継続中)。

それを機に、ビデオコーディネーターって何なのか、を調べはじめました。調べていくうちに、当時日本でも、女子代表チームのテクニカルスタッフとして、現女子日本代表ヘッドコーチの恩塚亨さん、それから男子代表チームでは、現名古屋ダイヤモンドドルフィンズU15ヘッドコーチの末広朋也さんらが活動されていることもわかりました。

恩塚さんや末広さんのような道を辿ってプロコーチになりたい。そうした将来設計を描いて、鹿屋体育大学に進学しました。大学で学生コーチをやりながら、分析等の勉強をさせてもらったのが、一番のベースになっています。

ビデオコーディネーターからスカウティングコーチへ

──大学卒業と同時にレバンガに入られたようですが、どんな縁があったのでしょう?

上野:プロコーチの夢を実現するためにはいろんな人に会うべきだ、と当時の恩師にアドバイスをいただき、国内外のコーチたちのお話をうかがう行脚をしました。その中で、当時レバンガのヘッドコーチをされていた水野宏太さん(現群馬クレインサンダーズHC)との出会いがありました。水野さんにチャンスをいただいて、今につながっています。

──水野さんとは、どんなやり取りがあったのですか?

上野:その頃はBリーグが統一される前でBJリーグとNBLの2つのリーグがありました。私は両リーグ全チームのスタッツデータを蓄積していて、それを元にしたレポートを作成していました。それを水野さんにお見せしたら面白いと言ってくれて、その後チームに入らないかと誘っていただいたんです。

──レバンガに入って、最初はどのようなポジションだったんですか?

上野:当初はインターンの立場でした。仕事はビデオコーディネーターです。業務内容としては、自チームと対戦相手のゲームを映像分析し、傾向と対策を提示するのがメインです。入団当初から将来はコーチとしてやっていきたい希望を伝えていて、それを聞き入れていただく形で、2年目からはスカウティングコーチというポジションに変わりました。

──それで、仕事内容はどのように変わりましたか?

上野:役割は、大きく3つありました。1つ目は対戦相手の分析。これによって相手の傾向を把握します。その傾向をもとに、自チーム側の対策をコーチ陣と一緒に考え、選手に提示するのが2つ目。そして3つ目は、対策として出てきた案を実際の練習メニューに落とし込み、選手とともにこれに取り組んでいきます。

──仕事量が多く、大変だったのでは?

上野:確かに仕事量は多かったとは思いますが、私としてはとても楽しかったので、やっている間は大変だと思ったことはありません。

データの裏を見る―ターニングポイントとなった出来事

──日本のプロチームの中で先例はほぼなかった時期でしょうし、チーム内に同じ仕事をする先輩もいなかったと思います。スカウティングコーチというポジションを作り上げていく過程で、険しい山だったけど越える過程が楽しかったと思える部分はありますか。

上野:データを見ている私たちは、バスケットボールをよく知ったような感覚に陥ってしまいます。映像や数字を見て導き出した見解を選手に伝えた時、うまくいく場合もありますが、こちらの意図とは裏腹に、選手の心が離れていくという経験もしました。

データを示し真実を伝えているつもりでも、プレーするのは人であり、人に対してどう伝えるか。そして、データの裏側に何があるのか。こうした部分について、まだまだ見る目がなかったことに気づかされ、それを機に、より深い分析ができるようになりました。バスケットボールを表面上の事象だけでなく、選手たちの感情も含めた多面的な視点で見る。そのような分析の仕方です。この経験が自分にとっての大きなターニングポイントでした。

──具体例を話していただけますか。

上野:こんなことがありました。対戦相手のA選手は、ほぼアウトサイドからのシュートがありませんでした。ですからA選手を担当する自チームのディフェンダーB選手には、あまり間合いを詰めずに抜かれることだけを気を付けてほしいと伝え、その成果もあって試合には勝てました。けれども試合後、B選手が落ち込んでいるとマネジャーから報告を受けたのです。聞いてみると、その試合には家族が観に来ていたのに、自分の持ち味である激しいプレスディフェンスを見せることができなかったと。試合に勝つために最善を尽くすのは当然だけれども、選手側に寄り添ったコミュニケーションが十分にできていなかった、感情を持つ生身の人間がプレーするのがバスケットであると、強く気づかされたのがこのゲームでした。

スカウティングコーチの日常

──スカウティングコーチとしての日常をどんなスケジュールで過ごしていたか、その大まかなパターンを教えてください。

上野:シーズン中は試合のある日とない日とでパターンが異なります。試合のない日は、練習の準備、練習、分析。基本的にこの3要素で成り立ちます。朝6時半からスタッフミーティングをして、その日選手たちに見せるミーティング映像や練習内容に関するすり合わせを行います。そこで決めた内容に沿って、午前中はミーティング映像の作成と練習内容の策定に費やします。午後の練習に参加した後は、選手とコーチ陣に対して練習のフィードバックを行います。その後の時間は、次回対戦相手のスカウティング。これが基本的なルーティンでした。

試合日は、午前中は試合の準備。これは対戦相手の情報を整理して再度ヘッドコーチに伝える業務です。当時レバンガでは、相手のオフェンスあるいはディフェンスパターンに応じて「この時はこうする」という約束事を細かく決めていましたので、そのパターンの確認をここで行います。また選手がマッチアップする相手の情報を求めてきたときには、それに対して回答します。試合後は、試合内容の分析を行ってから一日を終えます。

オフシーズンは、現有メンバーのスタッツと、新規で加入してくる選手のスタッツをまとめて、レポートの形でGMに伝えるのが主な業務でした。

構造的に理解する面白さ、そして選手の成長を助ける実感

──スカウティングコーチの仕事で一番の醍醐味と言える部分、面白いと思えるところは。

上野:2つあります。1つ目は、私自身の志向に根差しているのですが物事のパターンを割り出して構造的に理解する面白さです。データ分析を通じて対戦相手の特徴をしっかり整理でき、チームの色が見えてくると、すごく楽しいな、と思えます。そのチームが何を大切にしているのか、チームの魂のようなものが見えてくるんです。

2つ目は、選手の成長に寄与できた実感を持てること。これは、とてもやり甲斐を感じる部分です。プロ選手としての経験がない私には、自分自身の体験としてのバスケットボールを選手に伝えることはできないけれども、アナリストの目で見た情報を伝え、練習を一緒に行って選手自身が成長できた感覚を持ってもらえたら、そして選手の口からそのことを伝えてもらえた時は、試合に勝つ以上の喜びを感じます。

──いいお話ですね。それに関しても、もし話していただける具体例があれば。

上野:ある外国人選手の例です。その選手はピックアンドロールについて自信を失いかけていました。分析結果を見てみると、ピックアンドロールをうまく使える時とそうでない時の、それぞれの傾向がはっきり出ていました。自分のディフェンダーがついてきている時はうまくいくのですが、ディフェンダーがアンダーに回ってくると、あまり良い選択ができない傾向がありました。無理矢理突っ込んでいってしまうことが多かったんです。相手がアンダーに回った時の対応について話し合い、冷静にプレー選択するための練習を繰り返しました。次の試合でさっそく成果が出ると、彼はとても感謝してくれました。目の前が曇っていたけれどもそれがクリアになって自信を取り戻すことができた、と。

この出来事は、私としてもすごくうれしかったです。選手と課題を共有して、それを解決するための適切な提案ができることが、コーチとしてとても大切な要素であると思います。

ただ、選手に対して初めから解を与えることがいいのか、ヒントを与えて自ら考えさせるほうがいいのか。どちらが良いのかは悩んでいます。選手の可能性を無限に広げていくためには後者が良いのではないか、現時点ではそのように考えています。

入口となるスタッツ

──バスケットボールの分析を仕事の核としてやってこられた方なので、敢えてお聞きしたいのですが、特に重要視しているスタッツは何ですか。

上野:解くべき問いに応じて、見るべきスタッツが変わってきます。ですからその質問には答えずらいのですが、一つの基準となるのがPPP(ポイント・パー・ポゼッション)です。1回の攻撃に対する得点期待値を示しています。これを入口として、次に見ていくのが「フォーファクター」と呼ばれている各要素、これはバスケットボールのオフェンス成功における4要素を示していて、eFG%(エフェクティブ・フィールドゴール・パーセンテージ)、TO%(ターンオーバー・パーセンテージ)、OR%(オフェンスリバウンド・パーセンテージ)、FTR(フリースロー・レート)です。解くべき問いを設定した上で、このように段階を踏んで問いと関連の深いスタッツを見ていくのがオーソドックスな手法になります。

──分析をしたくても、それを行うためのツールや時間、人手が十分でないコーチが圧倒的に多いです。そのような方々に向けて、チームの傾向を大まかに把握する方法を提案するとしたら?

上野:今のPPPと、もう1つはポゼッション数(攻撃回数)です。自チームの現状を把握する上ではこの2つを見ていくとよいのではないでしょうか。これらについては、ネット検索すれば算出方法や評価方法などの情報は簡単に入手することができます。これら以外のアドバンススタッツに関しても、ネット上に情報がたくさんあるので、気になるものがあれば試してみるのもよいと思います。

客観的データから見える新しい景色

──分析あるいは分析を元にしたコーチングに本格的に取り組む前と後とでは、バスケットボールに対する見方がどう変わりましたか。

上野:端的に言って、漠然としたものが具体的になりました。データを蓄積していくことにより、傾向が見えてきます。傾向を客観的に把握することで見えてくる景色が変わってきます。

──以前はこういう見方をしていたけれども、それがはっきり間違いだったと言える事象はありますか。

上野:あります。相手チームに突出したポストプレーヤーがいた時。その選手の高さ、強さ等に強烈な印象があり、それが敗因だと漠然と考えていました。しかし分析してみると、その選手のポストプレーによる得点期待値よりも、トランジションによる得点期待値のほうが高い数値だったんです。強烈な印象を残すプレーヤーに目が行ってしまうけれども、実は別の要因が敗戦に強く結びついていたのです。これは、私が客観的データの重要性に気づくきっかけにもなった出来事でもあります。

──示唆深いお話です。たとえば高校チームでは体格に優れた留学生を擁するチームと戦う場合、その一点にばかり目が行ってしまう傾向はあるのではないかと思います。

上野:一方は留学生あり、もう一方は留学生なしの高校男子チームの試合を分析した時に、まさしくそのような傾向が表れていました。敗戦した留学生なしのチームは、留学生本人にやられるというよりも、それ以外のシューターに対するクローズアウトが甘くなったり、自分たちのオフェンスのターンオーバーで相手に走られて得点されてしまったり、といった傾向が見えてきました。このチームに分析を担当するスタッフがいれば、主観的な印象に引っ張られることなく、適切な対策を立てるために役立つのではないか、そのように思いました。

日本バスケ界の課題、そしてこの仕事を目指す人たちへ

──上野さんは現在、日本バスケットボール協会(JBA)のテクニカルスタッフとして代表チームの分析等にも携わっていらっしゃいます。客観的データを通じて海外との差や日本の課題を抽出する中で感じていることは。

上野:JBAを中心に日本の指導者の方々が近年取り組んできた育成システムは、素晴らしい成果を挙げつつあります。各年代別のコーチングマニュアルなども、とても充実しています。それを前提として、日本のバスケットボール全体に通底する今日的課題を挙げるとすれば、一つは戦術理解度の向上でしょうか。相手がこう動いた時にはこう対応する、という具体的パターンの積み重ねです。あらゆるパターンを持っておくこと、また経験しておくことが大切なのかな、と思っています。選手の年代に応じて、このカテゴリーではここまでできるように、次のカテゴリーではここまで、という具体的な落とし込みを長年積み上げてきた国々との差を埋めていく。時間はかかりますけれども、これをやっていかなければいけないと感じています。

──最後に。将来、上野さんのようにデータアナリスト、あるいはスカウティングコーチの仕事をやりたい、と思っている高校生・大学生が増えてきているはずです。その方々に対してアドバイスをお願いします。

上野:私が学生時代に聞かされ、大切にしてきた言葉があります。「世の中は平等ではないが、時間は一日24時間、平等に与えられている。その24時間をどのように使うかがとても大事で、その原動力になるのが志である。何を目指すか」

髙い志を持って、諦めずに自分に与えられた24時間をいかに有効に使っていくか。これが、なりたい自分に向かっていくためには大切な考え方ではないか、と思っています。高校生や大学生がデータアナリストやスカウティングコーチを目指してくれるのは、日本のバスケットボール界にとってとてもプラスになることです。諦めなければ到達できると思うので、ぜひ高い志を持って突き進んでいっていただきたいです。そして、いつか一緒に仕事をしたいと思います。


上野経雄コーチ

上野 経雄 (うえの・つねお) 1989年大阪府生まれ。鹿屋体育大学卒業、2015-16年 レバンガ北海道ビデオコーディネーター、2016年 女子U17日本代表テクニカルスタッフ、2016-17年 レバンガ北海道スカウティングコーチ、2017-21年 レバンガ北海道アシスタントコーチ、2021年~日本バスケットボール協会 テクニカルスタッフ、女子日本代表アシスタントコーチ。

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