公開:2023/02/24
古武術の身体技法や考え方を取り入れたバスケット指導で数多くフォロワーを持つ指導者、坂口 慎氏に、シューティングのスキルアップについてインタビューしました。現役プロ選手をはじめ多くのプレーヤーが相談に訪れるという坂口氏は、どのような視点でシューティングを捉えているのか?
構えを意識しすぎることが力みを生む
──よくある悩みとして「ボールが遠くに飛ばない」「力がうまく伝わらない」というものがあります。選手によって細かい処方箋は異なるとは思うのですが、多くの人に共通している課題はありますか。
坂口:腕の使い方と、ジャンプのエネルギーをボールに伝える技術。この2点だと思います。シュート動作における腕の動かし方は意外に複雑で、身体が閉じた窮屈な状態から力を溜めて、ボールに対してエネルギーを伝えなければいけません。よく見受けられるのが、手首の返しを意識しすぎて前腕部が力み、固まってしまった状態でシュートを打っているケースです。下半身からのエネルギーを上半身に伝えてきたとしても、そのように力みのある部位があると、エネルギーがそこで止まってしまいます。その結果、手首のスナップを過剰に使って飛ばすしかない、といった循環に陥ります。いわゆる「腕打ち」となり、遠くに飛ばすことはできません。
この傾向が強い人、特に子どもたちに対しては、シューティングハンドをボールの上に被せた状態(ガイドハンドはボールの下で支える)を起点にシューティング動作に入っていくよう、指導しています。ここから自然な流れで手首を返し、ボールを放ちます。すると、前腕部が固まらずにエネルギーの流れを寸断することなくシュートを打つことができるようになります。
古い指導の名残で、いわゆるツーモーションを強調するあまり、“構え”に必要以上に気を取られて上達の妨げになっているケースは多いと思います。前腕部を柔らかく使えることがエネルギー伝達のためにとても大切です。この点は意外に見落とされている印象があります。
強いプッシュパスから始める
──前腕部がリラックスしているかどうか、がキーポイント。
坂口:はい、その通りです。私の場合、先ほどお話ししたシューティングハンドをボールの上に被せた状態から、まずはプッシュパスをやってもらいます。シュートはパスの延長、という捉え方をしているので、ボールにしっかりエネルギーを伝えて強いプッシュパスができること。これをシュートの前段階の練習として実施しています。この練習で腕の使い方を身につけてから、軌道を上方向にずらしていけばシュートにつながっていきます。
──そのような指導は、どちらかというと経験年数の浅い子どもたち向け?
坂口:大人の方も多いです。私のところには、30代以上でバスケットを趣味でプレーしている方からも多くの依頼が寄せられるのですが、年代が上になるほどツーモーションの指導を受けてきた方が多く、手首を固めてしまう傾向が強いです。そして、年を取って筋力が低下してくるとシュートが思うように打てなくなる悩みが出てきます。そのような方々にも、同様のアドバイスをしています。
リリースのタイミングをつかむ練習
──先ほど2点挙げていただいたうちの後者、「ジャンプのエネルギーをボールに伝える技術」について。これがうまくいかない典型的な原因は?
坂口:タイミングがすべてだと思います。よくあるのが、ジャンプのタイミングが早すぎて身体がうまく連動せず、最後は腕打ちになってしまうケースです。修正法としては、その場で軽いジャンプを繰り返してボールリリースのタイミングをつかむ練習。または垂直跳びからの流れでボールリリースする練習。
フォームチェック法が生まれた経緯
──YouTubeなどで公開している動画を拝見すると、坂口さんは独特の方法で身体のバランスをチェックし、シューティングフォームの改善を指導なさっています。選手にシュートスタンスをとってもらい、坂口さんが肩や腰骨、仙骨などを押して、押し返す力を確認しているように見えます(実例は下記動画。現役プロ選手・サンロッカーズ渋谷の石井講祐選手とのセッション)。古武術を長年研究されてきた坂口さんならではの、何気ない動作の中に奥深いノウハウを感じる方法です。このチェック方法を開発された経緯をお聞きしたいのですが。
坂口:シュート関連の情報を発信している中で、ここまで多様な情報が流通しているにもかかわらず、多くの人がシュートスキルの向上に悩んでいることに気づきました。こんなに悩んでいる人がいるのか、と。一方、指導する側の方々の状況を見ると、それぞれが主張する理論同士でぶつかっている。情報過多の状況で混乱が生じている理由の一つは、明確なチェック法がないことではないか、と思ったのです。チェック法があれば、新しい理論を取り入れた時に自分に合っているかどうか、判断する目安になります。
武術の世界では、一つ一つの動作が正しくできているかどうかをチェックする方法がそれぞれ存在します。例えば肘で相手を打つ動作があるとすると、正しくできていれば相手にどんな影響を与えることができるか、それを客観的に測るものさしがあります。長い歴史の中で培われてきた英知です。現代のスポーツにもその種のものさしがあってもよいのではないか、との発想で作ったのが、動画で紹介しているチェック法です。俗に「シュートフォームは人それぞれ」「入りさえすれば何でもよい」と言われることも多いですが、その人にとって、“シュートを決めるための適切な状態”というものが必ず存在し、それが崩れた時にシュートが入らなくなるわけです。私のチェックでは、この “適切な状態”になっているか、を確認し、調整していきます。
シュートを打つために適切な状態とは?
──適切な状態とは、どんな状態ですか?
坂口:抽象的な表現になってしまいますが、自分の意図が相手に伝わる状態です。相手に伝わる状態になっていれば、ボールにも意図が伝わります。動画の中で私は相手の肩や腰を押し、選手の側では私が押すエネルギーを感じて、最初は耐えてもらう姿をお見せしています。次のステップとして、反対方向にエネルギーを押し返してもらいます。押し返しのエネルギーが十分にある状態を、“乱れがなく整っている状態”と捉えています。前後左右の方向から押してみて、すべてこの状態で整っていれば、自分の意図がボールに伝わり、より確率の高いシュートが打てる、という考え方をしています。
──このチェックは、誰もが実践できるものなのでしょうか? 押す側(チェックする人)の技術が難しいように見えますが。
坂口:確かに押す側は、ある程度の経験が必要です。しかし練習していけば習得できる技術です。
──坂口さんがビジネスとして展開されている教材や実地のクリニック等で、その技術は勉強できるのでしょうか?
坂口:はい、いろいろな形で提供しています。最近では昨年10月、10年間のシュート研究をまとめた「シュート。」というPDF教材を発売しました。先行販売したお客様からフィードバックをいただき、現在、再編集中。この3月中には改訂版を発売する予定ですが、この中でもチェック方法の詳細を説明しています。
──押す側の心得を少しだけ教えていただけますか。
坂口:相手の身体に触れる10cmぐらい手前から、相手に触れている意識でゆっくり押していきます。すると相手も準備ができた状態で対応できます。押す側が丁寧にエネルギーを伝えることで、相手から返ってくるエネルギーを繊細に受け止めることができます。身体の中で整っていない部位は、押し返すことができない、あるいはできたとしても小さな力でしか返せない。それを感じることができます。練習していただければ、誰でもこのチェック方法は習得できると思います。ただし心得ていただいたいのは、丁寧かつ繊細に実施することです。
──整っていない部位があった時は?
坂口:その原因を探り、調整します。怪我や疲労だけでなく、コート外でのストレス、過去のトラウマ等、メンタル部分に根差す原因も多々あるので、ここは一筋縄ではいきませんが、教材の中では段階を追って問題解決していく手段を解説しています。具体例を示すと、寝不足やデスクワークの過多などによって筋肉が硬くなっている場合は、筋肉を叩いてほぐしてあげるだけで改善することがあります。不調の原因を身体の反応から引き出し、改善法も身体に聞いていくのがこのメソッドの特徴です。
武術の技法を取り入れる─ゼロ化と礼
──坂口さんのメソッドは、武術の技法が取り入れられ、一般的なバスケットボール指導者にはない視点が人々を惹きつけているのだと思います。先ほどから話題になっている「身体を整える」視点・習慣は、アスリートにとって、とても重要ではないかと。
坂口:武術の世界で「ゼロ化」という表現があります。プラスでもマイナスでもない、ゼロの状態です。この状態を作ることが重要です。“整った状態”とは、心・意(意識)・体の3要素のバランスがちょうどよくなった状態を指します。3要素のうちのどれかが出っ張ったり、凹んだりして凸凹がある状態。この凸凹を解消してフラットにするのがゼロ化です。ゼロ化を別の言葉で言えば「悟り」です。悟りを「差を取る」と捉え、出っ張った部分を削って低いほうに合わせ、フラットにします。低い部分を上げようとするのでなく、出過ぎた部分を下げる。これが武術的な技法の特徴です。
このゼロ化を習慣化すると、フラットになる最低ラインが少しずつ上がっていきます。武術家が日々稽古をするのは、その最低ラインを上げていく作業とも言えます。ゼロ化への入り口として一番簡単な方法は礼(お辞儀)です。私たち日本人は日常生活の中で礼の動作を何気なく行いますが、武術家にとっては、礼をするだけで悟りの状態に入れる、とても意義深い行為なのです。私が子どもたちを対象にクリニックを行う際は、礼の体感ワークなどをして、礼の持つ本来の意味を知ってもらうこともしています。
坂口 慎 (さかぐち・まこと) 古武術を独学で5年、そこから限界を感じていたときに「武学」に出会う。今ではその武学をバスケに応用し、クリニック、オンライン講座などで広めている。
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