【連載】プレーヤーズセンタード・コーチングのすすめ〈1〉

公開:2021/12/10

更新:2021/12/09

小谷 究(流通経済大学准教授、同大学バスケットボール部ヘッドコーチ)

今日の指導者に求められるコア資質の一つと言われる「プレーヤーズセンタードコーチング」とは? 日本バスケットボール協会の指導者養成プログラムにも参画している小谷究氏に、このプレーヤーズセンタードコーチングについて短期連載で解説していただきます。


今日のバスケットボールコーチに求められるコーチング

今日のバスケットボールコーチングを語るうえで、2013年に起きたバスケットボール部のキャプテンが体罰を苦にして自殺した事件を避けることはできません。この事件は、バスケットボール界のみならず、我が国のスポーツ界に大きな衝撃を与えました。事件後、文部科学大臣が「スポーツ指導における暴力根絶へ向けて」と題し、この事態を我が国のスポーツ史上最大の危機と捉え、スポーツ指導から暴力を一掃する必要性を示すとともに、「新しい時代にふさわしいスポーツの指導法」が確立されるよう、全力を尽くすことを表明しました。この文部科学大臣の表明に基づき、文部科学省に新しい時代にふさわしいスポーツ指導の在り方について明らかにすることを目的とした「スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議(タスクフォース)」が設置されました。タスクフォースでは、新しい時代にふさわしいスポーツ指導の在り方を実現するために取り組むべき具体的な8つの方策が提言されました。このタスクフォースによる8つの提言のなかには「最適なコーチングを行うために必要な知識・技能の明確化とその活用を図るための方策」がありました。文部科学省は「最適なコーチングを行うために必要な知識・技能の明確化とその活用を図るための方策」を検討するため、文部科学省委託事業平成26年度コーチング・イノベーション推進事業「コーチ育成のためのモデル・コア・カリキュラム作成」を日本スポーツ協会(当時日本体育協会)に委託しました。日本スポーツ協会は、2年間の議論を経て2016年3月に、新しい時代にふさわしいコーチングを行うために、コーチが育成過程において確実に習得すべき知識・技能を明確化し、その知識・技能を身につけるためのモデル・コア・カリキュラムを完成させました。完成したモデル・コア・カリキュラムの主な特徴は、コーチの資質能力を「人間力」と「知識・技能」に大別し、人間力を養うための内容がカリキュラム時間数全体の34%を占める点になります。

こうして動き出した新しい時代にふさわしい指導者育成のあり方を検討するため、日本スポーツ協会指導者育成専門委員会のもとに指導者制度検討プロジェクトが設置されました。プロジェクトでは4つのミッションが設けられ、そのうちのひとつが日本スポーツ協会の公認スポーツ指導者養成講習会にモデル・コア・カリキュラムを導入することでした。日本スポーツ協会では、モデル・コア・カリキュラムを軸とした新しい公認スポーツ指導者養成講習会を開始させるための準備が進められました。そして、2019年より日本スポーツ協会は、新たな公認スポーツ指導者養成講習会をスタートさせました。

日本スポーツ協会の新たな指導者養成制度では、「JSPO(日本スポーツ協会)及びJSPO加盟団体等が育成する公認スポーツ指導者とは、スポーツの価値やスポーツの未来への責任を自覚し、プレーヤーズセンタードの考え方のもとに暴力やハラスメント等あらゆる反倫理的行為を排除し、常に自らも学び続けながらプレーヤーの成長を支援することを通して、豊かなスポーツ文化の創造やスポーツの社会的価値を高めることに貢献できる者である」と定義しています。ここで掲げられている「プレーヤーズセンタードコーチング」とは、プレーヤーの学びに対する主体的な取り組みを支援するコーチングを意味します。また、「JSPO加盟団体等が育成する公認スポーツ指導者」には、日本バスケットボール協会が養成するコーチも含まれます。したがって、日本バスケットボール協会公認コーチ養成講習会においてもプレーヤーズセンタードコーチングの実現が目指されています。

このように、バスケットボールのコーチよる暴力行使の事案を契機としてモデル・コア・カリキュラムが作成され、モデル・コア・カリキュラムにもとづいた日本スポーツ協会の指導者養成制度では、プレーヤーズセンタードコーチングの実現が目指されています。さらに、日本バスケットボール協会は、日本スポーツ協会の加盟団体にあたります。したがって、今日のバスケットボールコーチには、プレーヤーの学びに対する主体的な取り組みを支援するコーチングが求められているといえます。

小谷 究(Kotani Kiwamu)

1980年石川県生まれ。流通経済大学スポーツ健康科学部スポーツコミュニケーション学科准教授。流通経済大学バスケットボール部ヘッドコーチ。日本バスケットボール学会理事。日本バスケットボール協会指導者養成部会部会員。日本バスケットボール殿堂『Japan Basketball Hall of Fame 』事務局。日本体育大学大学院博士後期課程を経て博士(体育科学)。

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