【連載】女性コーチがもっと活躍するために〈2〉

公開:2022/03/18

更新:2022/03/17

三倉 茜(金沢医科大学助教)

JBA指導者養成委員会の女性コーチ育成担当で、女性コーチの研究を進めている三倉茜氏による短期連載パート2です。


女性コーチが直面する課題とは?

前回の記事では、女性コーチ育成に関する近年の動向について紹介しました。そして今後日本でも女性コーチ育成のための取り組みを実施するにあたり、コーチを目指す女子・女性や現在コーチとして活動する女性がどのような課題に直面するのかを把握することが必要であると指摘しました。そこで今日は、国内外の研究やデータを紹介し、女性コーチの現状や課題について見ていきたいと思います。

  女性コーチの現状を明らかにした研究は、北米で多く行われています。スポーツ界でもジェンダー平等が進んでいるイメージの北米ですが、1970年代にはそれまで多く存在した大学スポーツにおける女性コーチの数が激減してしまったという歴史的背景があり、それ以降なぜ女性コーチが減ってしまったのかという理由を解明するために多くの研究が行われました。北米ではスポーツの人気が高く、コーチが人気な職業であり、競争的な環境であるという背景から、女性コーチは多くの課題に直面していると言われています。

現在も多くの女性コーチに関する研究が、様々な切り口(スポーツマネジメント、コーチング、心理学など)で北米を中心に行われています。これまで行われた女性コーチに関する研究をまとめ、視覚的に解りやすく示した「女性コーチのバリアとサポートのエコロジカルモデル」(LaVoi & Dutove, 2012)があります。このモデルでは、女性がコーチを目指したり、女性コーチがキャリアを継続したりすることを阻害するバリアと、それらを促進するサポート、そして時にバリアとなり、時にサポートになる2面性を併せ持つバリアとサポートが4つのレベルに分類できることを示したモデルです(図1)。4つのレベルには、以下のように要因が分類されています。

●個人のレベル:人の認知、感情、価値観など個人的、生物学かつ心理的な要因

●対人間のレベル:同僚や友人、家族など社会的な関係の中で生まれる要因

●組織のレベル:組織の制度や仕事内容、機会、組織で共有されている文化や価値観が関係する要因

●社会文化のレベル:社会規範、文化による影響がある要因

図1. 女性コーチのバリアとサポートのエコロジカルモデル
*LaVoi & Dutove(2012)を三倉(2021)日本語訳

このモデルが示すように、外側のレベル(組織のレベルや社会文化のレベル)は内側のレベル(個人のレベルや対人間のレベル)を内包しており、人々は組織の決まりや社会規範に大きな影響を受け、人間関係や個人の価値観がつくられています。またこのモデルを見ると、多くのバリアが外側に存在していることが明らかです。そもそも社会や組織が女性コーチの活躍にとって望ましくない状況であるため、女性コーチは多くの課題に直面していることが考えられます。このことから、このモデルの作者は、まずは組織の制度を見直したり、組織を挙げて女性コーチを育成する取り組みを行ったりすることで、女性コーチにとってのバリアを減らすことができると述べています(LaVoi & Dutove, 2012)。

よく女性コーチが少ない原因として、「女性がコーチになりたがらないためではないか」「女性がコーチングに向いていないからだ」と言われていることを耳にしますが、それもまた社会文化や組織の影響を受けていることが考えられます。まずは女性コーチが少ない理由を、コーチを目指す女子・女性や女性コーチ自身に帰属せず、組織や社会全体として考えることが必要であるという気づきをこのモデルは与えてくれます。

一方日本で行われている研究は、残念ながらまだごく限られています。その中でも言われていることは、男性中心のスポーツ現場において、性別のみを理由とされ男性コーチよりも指導力が劣ると評価されていること、ハラスメントを受けた経験があること、男性のネットワークでコーチの選出が行われていると感じていること、私生活を犠牲にしてコーチングに取り組んでいる現状が指摘されています(荒木・小谷, 2012)。

またコーチを目指す女性アスリートを対象とした研究では、将来コーチになりたいという興味を高めるために、「私はコーチになることができる!」という信念や、「コーチになったらやりがいを得られるなど、自分に良いことがある!」という期待を高めることが必要であることも明らかになっています(三倉ら, 2020)。またそのような信念や期待を高めるために、選手のうちからコーチングを体験する機会を得ることや、大学やコーチライセンス講習会でコーチングに関する知識を得る経験が重要であることも指摘されています。またそれらの経験以外にも、自らの競技経験が「選手として培った能力・知識はコーチになっても役に立つ!」という自信や、「自分が経験したことを次の世代に教えたい!」という思いにつながることも言われています(三倉・小笠原, 2021)。以上のことから、女子・女性アスリートの時から競技に関わる様々な経験をしたり、コーチングに関わる機会を得たりすることで、将来のコーチ候補を増やすことができると考えられます。

コーチを目指す女子・女性アスリートや女性コーチを取り巻く環境は、文化や社会規範などによって大きく左右されます。特に日本は、社会全体としても女性が活躍しづらいと言われており、ジェンダー平等がすすむ欧米と比較して、より多くの課題が存在することが考えられます。今後、日本で女性コーチが活躍しやすい環境を整え、女性コーチを育成していくためにも、より一層国内における女性コーチの現状を明らかにするための研究や調査が必要になっていきます。

研究や調査以外にも、女性コーチへのインタビュー記事を読んだり、身近な女性コーチに話を聞いたりすることで、女性コーチの現状を知るきっかけにもなります。ぜひ、女性コーチの声に耳を傾け、どのような課題に直面しているのか、どんな助けを必要としているのかということに関心を持ってください。

〈引用〉

・荒木香織・小谷郁(2012)トップスポーツに関わる女性のアスリート・コーチ・理事の経験を探る. SSFスポーツ政策研究, 1(1), 12-17.
・LaVoi, N. M. & Dutove, J. K. (2012) Barriers and supports for female coaches: an ecological model. Sport coaching review, 1(1), 17-37.
・三倉茜(2021)女性コーチに関する歴史的, 学術的背景と現状; 小谷究・三倉茜(編)女性コーチ. 流通経済大学出版, pp5-23.
・三倉茜・小笠原悦子(2021)女性バスケットボール選手のコーチ興味を高める学習経験:トップレベルの女性アスリートを対象として. 体育学研究, 66, 293-309.
・三倉茜・小笠原悦子・伊藤真紀・新井彬子(2020)女子バスケットボール選手におけるコーチ興味の予測因子. スポーツ産業学研究, 30(1), 41-53.


三倉 茜(Mikura Akane)

金沢医科大学 一般教育機構 体育学助教 日本バスケットボール協会指導者養成委員会(女性コーチ育成担当) 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程修了(学位:スポーツ健康科学)、順天堂大学女性スポーツ研究センター リサーチアシスタントを経て現職。 研究分野は女性コーチ育成、女子・女性のスポーツ参加、スポーツにおける女性のリーダーシップなど。

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