今のバスケット界に広めたいマインドセットとは

公開:2021/03/26

更新:2021/05/11

東京医療保健大学で行われたイベントをレポート

東京医療保健大学女子バスケットボール部の恩塚亨監督らが中心となり、2021年3月24日、同大学で一風変わった発表会が行われました。「今のバスケット界に広めたいマインドセット発表会 ~成長につなげるマインドセットとは」と題されたこのイベントで発表された内容を抜粋してお伝えします。


最初に登壇したのは、物語の中心人物の一人であり、「成長につなげるマインドセット」を多くのバスケットボール指導者に知ってほしいと考えている恩塚監督。その趣旨は以下のようなもの。

ワクワクしてバスケットを楽しんでほしい

東京医療保健大学 女子バスケットボール部 恩塚亨監督

私たちが伝えたいマインドの中心にあるものは「ワクワク」であり、ワクワクしてほしいのは、まずは選手。そして選手だけでなくスタッフ、保護者の方々、観客の皆様。それぞれが、心からワクワクしてバスケットを楽しむことができたら、その波動は、きっと日本全国に広がっていくだろう、そのように思っている。そのワクワクが「バスケットで日本を元気にする」という日本バスケットボール協会の理念実現にもつながっていくのではないか。

人の行動は、「何を」×「どんな心で行うか」。この2者の掛け合わせによってその結果が決まる、と考えている。昨シーズン、私たちのチームは最高の結果を出すことができた。最高の結果を出すために、志、夢に対して「やりたくて仕方がない」というマインドで実践することができたら、ものすごいエネルギーで行動を起こすことができる、とチームのメンバーに訴えてきた。

「やりたいことを、やりたくて仕方がない心でやる」

ワクワクすると、幸せホルモンとも呼ばれるドーパミンの分泌量が高まって集中力が高まると言われている。

一例としてリバウンド。「1回でも多くポゼッションを獲得するためにリバウンドを獲得すべきだ」と言うのと、「リバウンド1回獲得したら100万円」と言うのとでは、選手のモチベーションが異なるのは明白。これがワクワクの一つの考え方。ワクワクするとやりたくなる。選手に対して「正論」で語るよりも、目標に対してワクワクするできるか、という視点を持って選手に接していけば、選手たちが持つ潜在力を引き出していくことができるのではないか。

「頑張れないのはワクワクしないから」

このように捉えることで、指導者と選手双方が生産的に行動できるのではないか。

「コーチも選手と一緒に幸せになろう」

自分が幸せでないと、人を幸せにすることはできない。毎日ワクワクしているコーチと一緒にいるからこそ、影響を受けて子どもたちもワクワクできる。コーチが幸せになれば選手も幸せになれる、と私は信じている。近年スポーツ界全体で、暴言・暴力をやめましょうという動きが活発化している。そもそもコーチが幸せであれば、暴言・暴力は発生しないのではないか。

20年間コーチをやってきたが、昨年ようやくコーチの仕事を定義することができた。それは「選手の心のエネルギーを一杯にすること」「私ってイケてる」という気持ちに溢れる心の状態にしてあげること。

不機嫌の勘違い

これまでの自分のコーチングで間違っていたことが2つある。1つは、情熱・責任感の使い方を間違っていた。もう一つは、不機嫌の勘違い。チームを強化するときに「徹底」という言葉がよく使われる。「徹底できたから勝てた、できなかったから負けた…」この徹底の意味合いを考えたときに、「鍛えなければならない」「苦しい思いを乗り越えさせなければならない」「勝負の厳しさを教えなければならない」との結論を出してしまいがち。責任感が強い人ほどそうした考えに囚われてしまう。結果的にチームを壊してしまう。私自身経験があるし、他にもバスケット界で見たことがある。

一流のコーチや職人は、だいたい不機嫌である、というイメージを持っていた。威厳、迫力、ピリピリ感…。いつの間にかコーチとはそういうものだと思い込んで子どもたちに接していなかったか? これは大きな勘違いであった。不機嫌でいると便利だということに、ある時気がついた。相手が合わせてくれる。気を遣ってもらえる。威厳が保てる。しかし、不機嫌な人と一緒にいたいという人はいないはず。

不機嫌でいる人には、2つの割り切りがあるのではないか。1つは「徹底させるためには怒るのも仕方がない」「自分もぎりぎりで頑張っているのだから不機嫌でも仕方がない」。この割り切りは周りを幸せにできないだけでなく、自分も幸せになれない。不機嫌は周囲に伝染してチームのパフォーマンスを低下させてしまう。

生産性を追求する

自分自身悩む中で出会ったキーワードの一つが「生産性」であった。生産性はインプット=努力に対するアウトプット=成果の割合を示す。私たちコーチが生産すべきは、選手とチームの成長。自分自身のコーチングが本当に生産的であったかと問い直した時、大きな疑問があった。日々の指導が「選手の心のエネルギーを一杯にすること」につながっているかどうかを、十分に意識できていなかったことに気がついた。選手に伝達する言葉を感情的に選ぶことが多かった。けれども今は、効率的かつ選択的に言葉を発するようにしている。優しくなろうと思ったわけではない。「選手の心のエネルギーを一杯にする」ために、どのアプローチがベストなのか、を選べるようになった。

オフェンスポゼションでボールが回ってきた時、攻めきれない選手がいる。自信が持てないと行けない。そういう選手に対して過去の私の言い方は「もっと攻めろよ」だった。でも今は違って「なりたい自分になろう」。攻めたくて仕方がない状態をつくるほうが、明らかに生産的であり、効率的。コーチ自身も幸せになれる。現在はこのように考えている。

新チーム主将が語る「根拠のない自信」とは?

東京医療保健大学 女子バスケットボール部 木村亜美選手

インカレ4連覇後、新チーム主将になった木村亜美選手。自分たちに自信が持てず、常に不安と戦っていた2020年秋ごろ、チーム全体で取り組んだのは「根拠のない自信」を持つことだった。

漫画『ONE PIECE』の主人公ルフィが「俺は海賊王になる!」と宣言して海に乗り出すような感じ。憧れの選手や、なりたい自分を思い描くことで、自分の成長にワクワクすることができる。ルフィのように「スーパーヒーローになる!」と宣言して、スーパーヒーローになったつもりで味方をヘルプし、リバウンドに果敢に飛び込んだり。

仲間を助けることで自己効力感が向上し、自信につながった、気づいた時には無敵スーパーヒーロー集団になれた、と木村選手は振り返った。

↑プレゼンをする木村選手

叱るのは甘やかし。自己判断の余地を残す指導を

JBA技術委員会 スポーツパフォーマンス部会長 佐藤晃一

今回のイベントには、アスレチックトレーナーとしてNBAチームにも所属した経験を持ち、現在JBA(日本バスケットボール協会)技術委員会 スポーツパフォーマンス部会の部会長として代表チームの強化・育成に携わる佐藤晃一がリモートで登壇しました。佐藤氏は恩塚氏が強調する「ワクワクが最強」という考え方に関連し、次のように話しました。

人は誰でも、生まれながらにして積極性・主体性という資質を持っているはずだが、学校で自分の考えやアイデアを口にした時、それに対して友達や先生から批判されたり、悪い評価をされたことがトラウマとなり、大人になっても自分から積極的にものを考えることを放棄してしまう傾向がある。そういう人がたいへん多い。また、幼い頃から常に「正解」を求められる環境に置かれることも、積極性・主体性を削いでしまう結果を招いている。

バレーボール元日本代表の益子直美さんの経験談が、それによく当てはまっている。益子さんは高校卒業まで、答えを100%与えられる中で競技をしてきた。怒ってもらったほうが楽。叩かれたり、怒鳴られたりすることは嫌だったけど、自分で主体的に考えることをしないまま大人になってしまった、私、本当は楽をしていたんだなあ、と思った。

JBA主催のスポーツパフォーマンスワークショップに参加していただいた指導者の言葉を借りれば、「叱るのは甘やかし」。選手の側は、自分が考えなくてもやるべきことは指示してもらえるし、指示されたことができるかできないかで評価される生活。これを続けていると、積極性・主体性、クリエイティビティばかりでなく、おそらく好奇心すら希薄になっていくのではないか。バスケットボールは不確実性の多いスポーツであり、普遍的な正解が常に存在するわけではない。原理・原則は教えた上で自己判断の余地を残して選手自身に考えさせるというのが、良い指導と言えるのでは。

持って生まれた主体性、創造性といった能力をできる限り維持してあげる、あるいは増幅させてあげる。そうした能力がもし失われているのであれば、蘇らせてあげるのが指導者であり、大人の役割なのではないか。

今日の主題に関連して、自分自身が心がけていることを少しシェアさせていただきたい。

1. ネガティブ・ケイパビリティ

不確実なものや未解決なものを受容する能力。白黒はっきりしないものに対して無理矢理答えを出すのではなく、そのままにしておく能力。世の中すべての事象において「これが正解」という普遍的正解は存在しない。ケースバイケースで最適解を導くために、白黒はっきりさせないという思考も大切。

2. うまくいかない時、常に自分に指を向ける

他人に対して指を向ける時、それは自分に対しても向けられている。人は皆ベストを尽くしていると考えるべき。そうすれば、必然的に指は自分に向けられる。自分が変わらなければならない。その時自分が損をしていると考えるべきでなく、新たな自分を発見するチャンスだと捉える。新たな自分は、何か行動を起こすことによってしか発見できない。恩塚監督がこれまで行ってきたコ-チング法を見直し、新たなやり方にチャレンジして成果を得たのは、まさにこれに当たる。恩塚監督のような取り組みが多くの波紋を起こしていくことを期待します。

チームの仲間にエネルギーを与えられるマインドとは──

ENEOSサンフラワーズ 渡嘉敷来夢選手

もう1名、リモートで登壇したのはWリーグENEOSサンフラワーズの渡嘉敷来夢選手。女子日本代表チームのアシスタントコーチも務める恩塚氏が、日頃から渡嘉敷選手のコート内外での言動に触れ、その素晴らしいマインドを知っていただきたいとの思いでゲスト参加を依頼したそうです。対談形式で進められました。


恩塚:某メディアのインタビュー記事の中で「チームのみんなにエネルギーを与えられる存在でいたい」とおっしゃっています。私たちのチームと練習試合をした時にも学生たちに「思い切りぶつかってきてくれていいからね!」と言っていただきました。自分がエネルギーを与える側になるために、日頃どのような習慣を持って生活されていますか。

渡嘉敷:常にポジティブでいることを心がけています。少しでも楽しく、気持ちよく時間を過ごしたいからです。

恩塚:試合中、緊迫した場面でも、ワクワクしているように見えます。どんなことを考えながらプレーしていますか。

渡嘉敷:ピンチの場面では、普段自分たちが練習してきた成果が出ると思っています。成功する場面、困難を乗り越えた時の自分を想像してプレーしています。

恩塚:乗り越えた自分、イケてるな、と(笑)。

渡嘉敷:そうですね。振り返る時も、ピンチを乗り越えた場面は自己評価高いです(笑)。

恩塚:それが次のエネルギーになっていくということですね。

渡嘉敷:今、怪我をしているのですが、それも困難の一つ。怪我をした直後はやはり落ち込みましたが、自分自身が成長できる機会だと捉えています。

恩塚:試合中、自分がミスをした時でもチームメイトに対して謝りながら、ポジティブな表現をしている姿が印象的です。チームメイトに余計な心配をさせない、決して負のエネルギーを波及させない態度でいられるのは素晴らしいと思います。

渡嘉敷:試合中はネガティブな雰囲気を少しでも早く振り払いたいという思いがあります。だから謝る時も全力で謝って、次につながるように意識しています。チームメイトがそれをどう受け取るかも考えながら。

恩塚:ちなみに、私たちのチームでは、渡嘉敷選手の謝り方を真似てやっていました(笑)。

渡嘉敷:普段からミスをした時には「次。次切り替えていけばいいから」と皆に伝えています。それがチームに浸透してきたと思います。今回のプレーオフ前の練習でミスが連発した時、ネガティブな空気を出した選手もいたのですが、そういう時こそコミュニケーションを取って次につなげるようアドバイスしました。

↑オンラインで渡嘉敷選手も参加

恩塚:今回のプレーオフでは怪我人が多く、あまりプレー経験のない選手が出場していたと思います。そのような選手にどのような声をかけましたか。

渡嘉敷:今回は私と梅澤の2名のセンター陣が怪我で欠場して、今までプレータイムの少なかった選手と新人がコートに立ちました。試合前に、「いつも誰と練習をしているんだ? 私とやってるんだから絶対に大丈夫!」と言って送り出しました。

恩塚:素晴らしいですね。それも、相手の元気が出るプレゼントを与えている、渡嘉敷選手の優しさと思いやりが伝わってくるエピソードです。

渡嘉敷:試合中も、ベンチでポジティブな声かけを心がけました。追いかける展開の試合が多かったのですが、絶対に大丈夫という空気を出し続けました。

恩塚:渡嘉敷選手の「絶対に大丈夫!」という声は、代々木体育館の一番上の席まで聞こえていたと思います。試合中、ベンチに戻ってきた選手に対してどんな声かけをしていましたか。

渡嘉敷:宮崎がミスをして戻ってきた時、この選手は引きずってしまうこともあるので、敢えて面白いことを言ったほうがよいと思って、「今のミス、ずっとネタにするからね」と。

恩塚:相手がどういう気持ちになるのか、をしっかり考えて言葉を届けていますね。最後に一つ。今回残念ながら優勝できませんでしたが、表彰式で優勝したトヨタ自動車の選手たちに対して、敬意のこもった拍手を贈っているように見え、感動しました。あの時はどんなことを考えていましたか。

渡嘉敷:当然悔しい気持ちもありましたが、勝者を認めることによって自分もまたレベルアップできるのではないかな、と考えていました。次は絶対勝つという信念を抱きつつ。

恩塚:相手を讃えつつ自分の気持ちも作っていく、という渡嘉敷選手の素晴らしいマインドが溢れたお話です。ありがとうございました。


東京医療保健大学 企画部・広報のYouTubeチャンネルで、発表会当日の映像が公開されています。

取材を終えて
最後には、東京医療保健大学の選手・コーチも含めたトークセッションも行われました。今回のイベントは、恩塚コーチはもちろんのこと、学生、コーチ、トレーナー、トッププレーヤーと、様々な立場でバスケットに関わる方々が、それぞれの言葉で、『マインド』の重要性を語る、今までにない会だったと感じました。「少しでもこの波を広げたい」。今回登壇した一人ひとりの言葉からその思いを、この記事を通して少しでも感じていただければと思います。(取材:大野 文章:宮村 取材日:2021.3.24)

>>> 恩塚監督が語る「マインド」についてもっと知りたい方はこちら

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