試合に対する心理的準備

公開:2021/07/30

更新:2021/08/26

大儀見浩介(株式会社メンタリスタ代表)

メンタルトレーニングコーチとして数多くの選手やチームと関わってきた大儀見浩介さんによる、「試合に対する心理的準備」の解説をお届けします。ここで紹介している内容は、ジャパンライムから発売されているDVD「スポーツメンタルトレーニング~心を強くして成長するために~」からの抜粋です。


自信を構成する3つの要素

試合に対する心の準備で最も重要なのは、自信を高めていくことです。自信を構成する要素は、3つあります。スライド1をご覧ください。右側の欄に示したものは、「得点をとった」とか「試合に勝った」「ランキングが上がった」という結果から来る自信です。次に真ん中の欄。技術、体力、心理などそれぞれの要素において、自分自身の長所から来る自信です。そして左側の欄。これは家庭生活、学校生活、練習量など、自分の努力や工夫から来る自信です。

スライド1 自信を構成する3要素

自信はこの3つによって構成されていますが、ほとんどの人は、右の欄にある結果から来る自信に依存している傾向があります。結果を出した時は自信のレベルが高くなりますが、

この自信は結果に左右されるため、崩れやすいとも言えます。試合に負けたり、ミスをしたりすると、自信が低下してしまいます。これによってポジティブな感情も低下し、実力を発揮することが難しくなってしまいます。

大切なのは、真ん中と左側の2要素から自信を構築していくことです。真ん中の「自分の長所から来る自信」は、ミスや敗戦があってもなくなりません。そして左側の「自分自身の努力や工夫、日常生活からつくられた自信」は、最も重要なものです。この2要素は、準備によってつくることができるもの。準備=自信です。このマインドセットが極めて重要です。

成長思考と固定思考の違い

思考と行動を整えて、試合に向けて良い準備をする。このためのプロセスを説明していきましょう。今マインドセットという言葉を使いましたが、これは考え方、思考、思考態度、思考習慣のことを指します。基本となる考え方は、「学習する能力は固定されておらず、努力によって変えられる」というものです(スライド2)。つまり、先天的なものではなく、後天的に身につけることができる。

スライド2 マインドセット

人間の成長や実力発揮に対して大きく影響を与えるのが、成長思考か固定思考か、という要素です。成長思考は、「知能や能力は努力によって高めていくことができる」という考え方。これに対して固定思考は、知能や能力は生まれつきで変わらないものだ」という考え方(スライド3)。

スライド3 成長志向と固定思考の違い

大事なのは、もちろん成長思考のほうで、この思考を持つことができていれば、挑戦を受け入れることができ、粘り強くやり抜くことができ、失敗から学ぶことができます。ところが固定思考の持ち主は、挑戦を避け、諦めやすい、失敗を恐れる傾向があります。ミスをすることがいけないこと、恥ずかしいことだと捉えるようになります。成長思考の人は学び・成長・進化を重視するのに対し、固定思考の人は結果や評価を常に気にしているので、自信が揺らぎやすくなります。さらに、成長思考の人は困難であっても具体的な目標を立て、その時立ち向かっている課題に対して、行動の価値を明確に位置づけることができます。固定思考の人は、失敗を恐れる傾向がありますから、目標を立てる場合も、過去に乗り越えられたレベルの目標しか設定できなくなってしまいます(スライド3)。

私たちは、なぜ過緊張してしまうのか?

ここまでの話で、まずは成長思考を持って心理的準備を行うことが重要であることが、おわかりいただけたと思います。試合に向けての準備で次に必要になのが、セルフコントロール能力です。試合当日、緊張や不安から、プレーがうまくできなくなってしまう、無駄な力が入ってしまって、練習でできていたことができなくなる、こうしたことがスポーツではよく起こります。これは誰にでも起こり得ることであり、いけないことでも恥ずかしいことでもありません。

なぜ私たちは、不安や緊張によって実力を発揮できなくなってしまうのでしょうか? それを解明していくと、そのルーツは更新世と呼ばれる時代まで遡ります。今から200万年前から1万2000年までの間。この時代を生き抜くスキルをもとに、人間の脳や心が進化してきました。想像してみましょう。満天の星空の下、狩りで仕留めた獲物を火にかけて調理している時、背後の暗闇から何か物音が聞こえたとします。ハッと思って振り返ると、暗闇で光る眼があります。その時、どのような反応を示すでしょうか。自然に心拍数が上がり、すぐに逃げられるように、また戦えるように、呼吸は浅く早くなります。血液は身体の末端から中心に集まってきます。こうした反応が、実は過緊張の正体です。私たち人類は、外敵からプレッシャー受けた時、逃げるか戦うかに適した生理的反応をするように進化してきたのです。

しかし、この反応をスポーツの試合に当てはめると、良いプレーができる状態とは言えません。では、どうすれば良いか? まずは、過緊張状態は悪いことではなく、人間として正常な反応である。これを理解すること。次に、どんな時にそういった反応が起こりやすいか、それを知っておくこと。思い通りにならない時、心配が重なった時、考え過ぎた時、突然の出来事に直面した時、慣れないことをした時、後先考えずに行動した時…このような状況の時、ノン・セルフコントロール状態に陥りがちです(スライド4)。

スライド4 ノン・セルフコントロール状態になりやすい時

心を「ゾーン」へ導く方法

このような状況にならないよう、準備をしておけばよいのです。自分らしく、思考と行動を整えていくのです。スライド5をご覧ください。これは、人間の理想的な心理状態を表したものです。横軸は緊張・興奮のレベルを示しています。右に行けば行くほど緊張(興奮)しすぎ、左に行けば行くほどリラックスしすぎの状態です。縦軸はパフォーマンスを示します。左右にブレるほど、高いパフォーマンスを発揮できません。逆U字カーブの最上部がゾーンと呼ばれる、最も実力発揮しやすい心理状態です。左右に偏り過ぎない工夫をしていけばよい、ということになります。

スライド5 理想的な心理状態(ゾーン)

そこでテクニックとして、スライド6に示したようなものがあります。リラックスしすぎの場合、ゾーンの領域に高める方法として、「サイキングアップ」があります。心拍数と呼吸の頻度を上げて気持ちを高めるウォーミングアップです。その反対に、過緊張状態をほぐしてリラックス状態をつくっていく手段はリラクセーションと呼ばれ、呼吸法や筋弛緩法などがよく知られています。

スライド6 ゾーン領域にもっていく方法

リラクセーション法のいろいろ

リラクセーションの前提となる考え方を解説します。私たちは、過緊張の原因となる情報を、目や耳、あるいは記憶の引出しから、知らず知らずのうちにたくさん収集してしまいます。これらの情報を、リラックスする情報に置き換えるのです。リラックスにつながる情報をたくさん集め、たくさん感じ取れば、ゾーンに入る可能性が高まります。スライド7に具体的な方法を示しています。セルフマッサージ。顔の筋肉を軽くマッサージする、あるいは腕や脚の筋肉をさする。これだけで爽快感を感じ取ることができます。次に呼吸法。深呼吸をするだけで、心拍数を下げることができます。不安になると自然に呼吸が浅く早くなります。呼吸を深くゆっくりにすることで、不安も収まってくることが感じ取れます。

スライド7 リラクセーション法のいろいろ

ところで、深呼吸をする時、先に息を吸いますか、吐きますか? ほとんどの方は、先に息を吸います。ところがこれは良い方法ではありません。不安を感じている時はすでに呼吸が早くなっていますので、肺の中に空気がある程度入っている状態です。不意に驚かされた時、呼吸はどうなっていますか? 吸った状態で止まりますね。この状態から空気を吸おうと思っても、入ってきません。ですから深呼吸する時は、先に息を吐き出してください。次に、ゆっくりと鼻から息を吸って、口から細く長く吐く。4秒かけて吸い、8秒かけて吐く。このペースが良いと言われています。

漸進的筋弛緩法。これは、部位ごとに筋肉に力を込めて、わざと緊張状態をつくって息を止めます。次に、息を吐くと同時に筋肉の力を抜く。右腕→左腕→右脚→左脚といった順番で行っていきます。スマイルとは、笑顔をつくること。笑顔になるだけでリラックスします。また、1/fゆらぎというのは、自然界にあるランダムなリズムを利用する方法です。炎のゆらめきを見る、波の音を聞く、等です。ヒーリングミュージックの中に、波の音が入っているものがありますね。それらは、リラックスにとても効果があります。

先にリラックス状態をつくり、その後気持ちを高める

これらの手段を通じて、わざとリラックス状態をつくり、その後気持ちを高めていくとゾーンに入りやすいこともわかっています。スライド8をご覧ください。左上のイライラ、ピリピリ状態の時は、いったん右下のリラックス、落ち着きを経て右上のエネルギッシュ、ノリノリにもっていく。そして無気力、気が重い時も、リラックス、落ち着きを経てエネルギッシュ、ノリノリにもっていくことが重要です。メンタルトレーニングで言うリラックスとは、決して脱力している状態ではなく、ノッている、燃えている、クール、自信がある、見えている、よめる、といった状態を指します(スライド8)。

スライド8 快適な興奮状態に持っていくプロセス

パフォーマンス・ルーティーン

次に、パフォーマンス・ルーティーンのお話をします。パフォーマンス・ルーティーンとは、自分を最高の状態にもっていき、プレーの成功率を高める一連の動作・手順のことを指します。有名なのは、イチロー選手がバッターボックスで見せる一連の動作です(スライド9)。

スライド9 パフォーマンス・ルーティーンの例

ここで1つ実験をしてみましょう。身体の前で、自然に指を組んでください。親指は左が上ですか? それとも右が上になっていますか? 次に、いつもとは違う組み方、つまり左右の親指を入れ替えて組んでみてください。少々落ち着かない感じがしませんか? 試合で普段とは異なるウォーミングアップをするのが、後者の状態です。前者の「しっくり来る」状態を、どんな試合の時もつくれるようにしていくことが大切であり、仮に手順が狂ったとしても、修正して自分にとって力を発揮しやすい状態をつくり直す、これを日頃から準備しておくことはとても重要です。準備=自信です。これを強く認識していただきたいと思います(スライド10)。

スライド10 準備=自信

ハプニングを楽しむ

さて、試合に向けた準備として、もう1つ、トレーニング方法を紹介します。ACTマトリックスと呼ばれるものです。ACTはAcceptance and Commitment Therapyの略です。実力発揮の邪魔となる要素を排除して、理想的な自分に向かうための準備です。スライド13のようなマトリックスを用いて、現在の自分の中にあるネガティブ要素と、理想的な方向性となる要素を書き込んでいきます。左半分がネガティブ要素、右半分が理想の状態(ポジティブ要素)です。ACTのプロセスで特徴的なのは、マトリックスの左半分にあるネガティブ要素をまずは受け入れること(Acceptance)です。受け入れた上で、理想的なものに近づく思考と行動に踏み出す(Commitment)というプロセスです(スライド11)。

スライド11 ACTマトリックスの書き込み例

まずは受け入れるというプロセスがとても重要で、一例を示すと「パプニングを楽しめ!」ということになります(スライド12)。何が起こっても、それを成長のきっかけとする、今できることをやればいい、と考えることができれば、長期的に見て、良い思考と行動を増やしていくことにつながります。

スライド12 ハプニングを楽しめ!


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