どうすればプラス思考ができるようになるのか?──そのメカニズムと実践方法

公開:2021/07/23

更新:2021/08/26

大儀見浩介(株式会社メンタリスタ代表)

誰もが必要性を認識しつつも、なかなか現場レベルで取り組むことができないのがメンタルトレーニングだと思います。メンタルトレーニングコーチとして数多くの選手やチームと関わってきた大儀見浩介さんによる、「プラス思考/ポジティブシンキング」の解説をお届けします。ここで紹介している内容は、ジャパンライムから発売されているDVD「スポーツメンタルトレーニング~心を強くして成長するために~」からの抜粋です。


勝って幸せになるのではなく、幸せだから勝てる

ポジティブな感情を高めていくために、思考と行動を工夫していくプロセスを紹介します。これまでの研究の結果、人は、ポジティブな感情が強いほど成功しやすい、勝ちやすいということがわかっています。つまり、勝って幸せになるのではなく、幸せだから勝てるのです。ポジティブな思考と行動を増やしていく、そして、それを長く継続していくことが大切であり、トレーニングによってそのスキルを高めていくのがメンタルトレーニングの一要素となっています。

地位財と非地位財 長期的な幸福感につながるのはどちら?

人間のポジティブな感情を高めていく要素として、地位財と非地位財の2種類があります(スライド1)。地位財は、他人と比べた場合に価値が変わるものを指します。わかりやすい例は、財産、土地、家、あるいは車など。非地位財は、他人と比較しても価値が変わらないものです。例として、自分らしさ、健康、愛情、自由、安全といったものがあります。さて、どちらが長期的なポジティブ感情につながるでしょうか? 

スライド1 地位財と非地位財

そうです、皆さんお察しのとおり、非地位財のほうです。地位財の例。あなたが新車を買ったとします。周囲に乗っている人はいないのですが、ある友人が同じ車を持っていることが判明します。すると、あなたにとって、その車の価値が低下してしまいます。ポジティブ感情が低下してしまうのです。地位財によって与えられる幸せは、客観的幸福感と呼ばれます。これに対して、非地位財に属する自分らしさ、健康、愛情、自由、安全などによってもたらされる幸せは、主観的幸福感と呼ばれます。この二者の関係を見れば、「幸福感というのは、人と比較すべきものではない」ことがわかると思います。人は他人と比較することで、ポジティブ感情が低下してしまうのものなのです。

これからご紹介するプラス思考のトレーニングは、「ポジティブな思考と行動の時間を増やす」ことであり、同時に「ネガティブな思考と行動を減らしていく」、そういう取り組みです。頭の中をプラス思考でいっぱいにしていきましょう。

心理的現実と物理的現実

ここにテーブルが2台あります(スライド2)。どちらのほうが細長く感じますか? 左のテーブルだと思います。ここでお話ししたいのは、心理的現実と物理的現実についてです。

スライド2 

次のスライド。どちらの線が長く感じますか?(スライド3)

スライド3 

次のスライド。真ん中の円は、どちらのほうが大きく感じますか?(スライド4)

スライド4 

次のスライド。1ピースずつ食べられたピザが3枚あります。そこに何か図形が見えてきませんか?(スライド5)

スライド5 

次のスライド。Aと書かれたところとBと書かれたところ、どちらのほうが色が濃く見えますか?(スライド6)

スライド6 

ここまで見てきた実例に、心理的現実と物理的現実が存在しています。最初に見ていただいた2台のテーブルは、実は同じ大きさです(スライド7)。

スライド7

次の2本の線は、同じ長さです(スライド7)。

スライド8

次の2つの円も、同じ大きさです(スライド8)。

スライド9

次のスライド10で、3枚のピザの真ん中に三角形が見えてくるのは、本来そこには存在しない心理的現実が生まれてくることを示しています。

スライド10

最後のAB2つの四角形の色は、実は同じ濃さです(スライド11)。

スライド11

同じような例をもう一つお見せしましょう。スライド12に示したAとBのスマホ、どう見てもAの色が濃く見えますが、境界線を手やペンで隠してみてください。どうでしょうか。どちらも薄いグレーに見えてくると思います。これらはすべて、心理的現実と物理的現実の違いを表しています。私たちの脳が、物理的現実の見え方を変えてしまっているのです。

スライド12

次に「マリオット盲点」の実験をしてみましょう。ノートに、スライド13のように星と点を描いてみてください。

スライド13 マリオット盲点の実験

両者は10cm程度離します。次に、ノートを顔の正面、近い位置に持ってきます。そして右目を閉じて、左目だけで、右の点を見ます。点を見たまま、ノートを離していくと、どこかで星が消えるのがわかると思います。個人差はありますが、必ずどこかのポイントで星が消えます。そのままノートの距離を離していくと、再び星が現れます。

いかがでしょうか? 星が消えるエリアが盲点です。両目を使って見ているときは左右で補い合っているので盲点には気づきませんが、片目だけの場合はこのように盲点を認識することができます。

人間の目は、網膜が光を集めて、その情報が神経を通じて脳に送られます。スライド14の赤矢印で示した視神経乳頭という神経が集まるエリアがありますが、眼球から血管や視神経が出入りしているところです。

スライド14 視神経乳頭と盲点

視神経乳頭には光を感じる細胞(視細胞)がないので、この部分に集まった光は、信号として脳まで届きません。先ほどノートを離していったとき、星印の像が視神経乳頭の位置に重なった時、見えなくなるのです。星が消えた時、その部分は何色になっていましたか? ノートの色ではありませんでしたか? 視神経乳頭は光を感じることができないので、本来は、真っ黒にならないといけません。

もう一度、別の絵で実験してみましょう。スライド15を見てください。先ほどと同じ要領で、右目を閉じて左目だけで左側の星を見てください。

スライド15

画面から離れる、あるいは近づいていくと、左側のハートが消える盲点があるはずです。その時、ハートがあるはずの部分は何色でしたか? 背景の空の色ではありませんでしたか? これは何を示しているかと言うと、私たちの脳は、すでに獲得している情報をもとに、実際には見えていないものを認識させてくれるのです。そのメカニズムを説明しているのがスライド16です。

スライド16 意識下と無意識下

人間の脳は、10%の意識下と、90%の無意識下による活動領域があります。先ほどの実験で盲点の背景が補正されたのは、無意識下(潜在意識)の脳の働きによるものです。この90%を占める無意識下の領域にポジティブな情報がたくさんあれば、心理的現実はポジティブなものになるのです。

無意識の領域をポジティブにする

以前、あるJリーガーから私のところに、こんな電話がかかってきました。

「今日、僕の失敗で試合に負けてしまいました。PKを蹴ったのですが外してしまった。蹴る前に、ゴールが小さく感じました」

物理的現実として、ゴールの大きさはいつも同じです。しかしその時は心理的現実として、ゴールが小さく見えてしまった。こ90%の無意識の領域に、過去の失敗などネガティブな情報が多くあったために、彼の心理的現実がネガティブなものに変わってしまったのです。

普段からポジティブな言葉を使い、ポジティブな表情や行動を心がけることで、無意識の領域がポジティブに置き換わるようになり、その人の思考と行動がポジティブに変わっていく、という好循環が生まれます。この考え方こそがプラス思考であり、ポジティブシンキングと呼ばれるものです。一流選手やトップビジネスパーソンは、このプラス思考が非常に強い傾向があり、自分の身に起こるどんなことも成長や気づき、発見に置き換えて思考と行動を整えることができます。

しかし近年、成長のためにはマイナス思考も必要である、との研究結果も出てきています。ポジティブとネガティブの割合が3対1ぐらいが適切であるとされ、メンタル・コントラスティングと呼ばれています。

誰にでも叶えたい夢や願望があります。ここでプラス思考だけだと、油断が生まれやすくなり、最初の兆候としてサボりやすくなる。もしかしたら、ひょっとしたら、という最悪の状況も想定した上でプランを立てることで、行動を起こす力が上がる、サボりにくくなることが研究の結果、わかっています。こうした考え方をもとに、ニューヨーク大学のガブリエル・エッティンゲンという心理学教授が、WOOPというプログラムを作りました。スライド17に示しました。何か達成したい目標があってプランを立てる時は、①Wish(願望)、②Outcome(成果)、③Obstacle(障害)、④Plan(計画)の順番で考えていくことを推奨しています。

スライド17 WOOPプログラム

重要なのはネガティブ要素を自分で予測すること

これまでメンタルトレーニングの世界では、すべてをポジティブ思考で埋めていくことが大切である、と言われてきましたが、こうしたマイナス面も包含した考え方も注目され、実際に成果を挙げています。障害となりうる要素にも目を向け、あらかじめ対策を立てておくことは、とても重要です。ぜひ皆さん自身、あるいは指導されている選手と一緒に、目標のWOOPを書き出す作業をしてみてください(スライド18)。

スライド18 短期目標のWOOPを書き出してみよう

③Obstacle(障害)の要素をあらかじめ挙げておくことがとても重要ですが、もしその障害を、身近な人から指摘されたらどうでしょう? 「こうなっちゃたらどうするの?」「これはやったの?」と両親や兄弟から指摘されたら、怒りが込み上げてきますよね。だから、自分で気づくことが大事なのです。

プラス思考を身につけるコツ

プラス思考を実際に身につけていく上で、いくつかの留意点があります。

①最終目標(願望)をイメージする

 具体的な目標がないと、その時その時で都合の良い解釈をしがちですし、その場しのぎの言い訳を考えてしまいます。

②自分がコントロールできることだけに対処する

 天気や気候は変えられません。他人の心も操作できません。コントロール可能なのは自分の思考と行動だけです。

③自分らしく行動に移せるところから始める

④トレーニング性を持っていることを意識する

 継続することで少しずつスキルが上がり、よりポジティブシンキングが上手になります。そのことを意識し、長く続けましょう。

⑤自己分析し、自分がどう変わっているかに気づく

⑥周囲にも良い影響を与えたい

 集団の中でポジティブシンキングが増えていけば、その分だけプラス思考の時間と量が増えていきます。


次回は同じDVDより、「試合に対する心理的準備」を紹介します。


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