スカウティングコーチ・インタビュー 岩部大輝さん(アルバルク東京)  

公開:2023/03/10

更新:2023/03/15

バスケットボールの“分析”を専門的に行うプロの方々にインタビューするシリーズです。今回は、B1アルバルク東京の岩部大輝さんにご登場いただきます。リーグ内でも屈指の陣容であるアルバルクのスカウティング体制や、ご自身のキャリア形成についてうかがいました。

データを元にゲームプランを策定する

──まずは、岩部さんが日常的になさっている仕事の中身からお聞きしたいと思います。アルバルク東京のチーム内でのスカウティングコーチの役割はどんなものですか?

岩部:アルバルクでは、ヘッドコーチの下に2つのセクションがあって、スキルコーチとスカウティングコーチがそれぞれ専門領域で仕事をしています。スキルコーチは選手個別の課題とチームとしての課題に対して、コート上で実際に選手とともにワークアウト(練習)を計画し、実行していくのが主な仕事。これに対してスカウティングコーチは、映像・データを元にしてチームを強くしていく仕事です。客観的データを用いながらヘッドコーチらとともにチームとしての戦略・戦術を練るポジションであり、他のチームでビデオコーディネーターとか、アナリストという肩書で仕事をされている方々と業務内容的には近いと思います。

アルバルクの場合はデータをコーチ陣に提供するだけでなく、データを元にしてゲームプランを策定する部分まで深く関与しているところが特徴であり、このような趣旨のもと、“アシスタントコーチ兼スカウティングコーチ”という役職名をいただいています。

──ヘッドコーチの考え方を反映したコーチングスタッフ体制なのでしょうか?

岩部:2021-2022シーズンまでヘッドコーチを務めていたルカ・パヴィチェヴィッチ氏の考え方で、スキルコーチ+スカウティングコーチの2セクション形式が採用されました。2022-2023シーズンからは新任のデイニアス・アドマイティス氏がヘッドコーチとなっていますが、この体制を継続してうまく使っていただいている状態です。

スカウティングコーチ3名体制の強み

──岩部さんの日常業務をざっとお話ししていただけますか。

岩部:現在、スカウティングコーチは3人体制です。私がトップを務め、アシスタントが2名います。シーズン中のルーティンとしては、相手チームの試合映像をもとに、来るべき試合のゲームプランを練るのが主要業務です。アシスタントの2名が、常に対戦相手の試合をスカウティングし、データを取りまとめます。そのデータをもとに、次の試合に向けたミーティング資料を作るのが私の主な仕事です。

──ミーティング資料とは、ミーティング時に選手たちに見てもらう映像のことですか?

岩部:はい。スカウティング情報は大きく分けて2種類あり、1つはオポーネントスカウト。もう1つはセルフスカウトです。前者が相手チーム、後者が自チームのスカウティング情報を指します。相手に対応した戦略・戦術を考えるだけでなく、前の試合の反省点を活かして自分たちのプレーを修正していくことも必要になるので、セルフスカウトの資料も作成します。シーズンを戦い抜く上で、相手に対応していく部分と、中長期的にアルバルク東京のバスケを高めていく部分の二面性が必要です。セルフスカウトは、後者の現在地を知り、課題を抽出するためにも大切な作業です。

──膨大な映像資料から、必要なものを絞り込んでいくのは大変な作業だと思います。

岩部:アシスタントの2名が、約10試合分を編集してオフェンスとディフェンスそれぞれ20~30分に集約してくれます。これでも長いので、ここから本当に必要な部分を抽出していく作業を私が行っています。時間的余裕がある時は、コーチ陣でディスカッションをしたうえで映像の絞り込みをしていくケースもあります。

──アルバルクさんはスカウティングコーチが3名体制で、Bリーグの中でも充実した陣容です。この部分に人的資源を割いていることの利点は?

岩部:スカウティングコーチの仕事は、時間との勝負です。1人で行う場合と3人で行う場合を単純に比較すると、分析できる試合の数が3倍になります。元データの分量が増えるので、プレーの傾向を見ていく際の精度が高まります。また、複数名で行えば、先ほどお話ししたオポーネントスカウトとセルフスカウトをそれぞれ役割分担して作業することもできます。

Bリーグのスケジュールは毎年変わります。今シーズンは土日だけでなく水曜日の試合も増えました。週2試合になるとスカウティングは、より時間との戦いになります。そうした環境の中で成果を出すために、アルバルクの体制は有効な形になっていると思います。スカウティングコーチだけでなく、スキルコーチも2名いて、アルバルクでは専門職のコーチが5名いることになります。この5名の上にヘッドコーチ直下のアシスタントコーチが2名います。

各コーチが自らの専門とする領域に集中して仕事ができる体制になっているのが私たちの強みです。たとえばコーチミーティングをする際も、ヘッドコーチとトップアシスタントコーチとトップスカウティングコーチが参加できれば進行でき、同じ時間にスキルコーチらは、プレー時間の少ない選手のワークアウトやケガ人のリハビリを行ったりすることができます。

──スカウティングコーチとしての、オフシーズンの業務内容は?

岩部:試合のスカウティングがなくなりますので、前のシーズン全体の振り返りを様々な角度から行い、翌シーズンに向けた資料づくりをします。レギュラーシーズンの試合が60試合、これにチャンピオンシップが4~6試合。加えて天皇杯が5試合、合計70試合前後の映像を再度見て良かった点、悪かった点を抽出します。この作業も、3名で分担して行うことで効率化できています。

今シーズンに関しては、新しくやって来るヘッドコーチのアドマイティス氏がどんなバスケットボールをするのか、私たちコーチングスタッフがあらかじめ把握しておくために、映像を入手して資料作成したりもしました。

学生コーチ時代に訪れた転機

──ここから先は、岩部さんご自身のライフヒストリーについてうかがいます。どのような経緯があってスカウティングコーチの仕事をすることになったのでしょうか?

岩部:高校まではプレーヤーとしてバスケットボールをしていましたが、将来はコーチになりたいと思い、その希望を叶えるために東海大学に進学しました。在学中は学生コーチとして勉強させていただき、3年時にAチームの担当になりました。その年に、関東学連90周年記念イベントとして、日本学生選抜対ビクトリア大学の試合がありました。当時の恩師で、現在も東海大学男子バスケットボール部のヘッドコーチをされている陸川章コーチが日本学生選抜チームのアシスタントコーチとして帯同することになったのですが、そのタイミングで「分析をやってくれないか」と声をかけていただきました。これが、ゲーム分析の仕事に入っていく直接のきっかけになりました。

その時に初めて、スポーツコードやファストドローといったソフトに触れ、分析の世界に足を踏み入れました。その時の学生選抜ヘッドコーチだった拓殖大学の池内泰明コーチに仕事ぶりを認めていただいて、その翌年(2015年)のユニバーシアードの男子日本代表チームにテクニカルスタッフとして帯同させていただきました。

次のユニバーシアードに向けて、ヘッドコーチが池内コーチから陸川コーチに代わることになり、陸川コーチとも相談して大学院で勉強を続けながらもう1期、テクニカルスタッフとしてユニバーシアード代表チームに関わることになりました。2016年のウィリアム・ジョーンズカップ(台湾で行われる国際大会)の日本代表チームに、JBAから仕事をいただいてやはりテクニカルスタッフとして帯同しました。その時のアシスタントコーチの1人に、川崎ブレイブサンダースの佐藤賢次さん(現在、同チームヘッドコーチ)がいらっしゃって、その時の縁もあって大学院修了後は川崎ブレイブサンダースにアナリストとして就職しました。

──東海大学入学時から指導者志向だったとのことですが、一般的なコーチではなく、アナリスト的な立場への興味関心が当時からあったのでしょうか?

岩部:このシリーズの第一弾に登場した上野経雄さんと同じように、ゲーム分析という専門的な領域で恩塚亨さんや末広朋也さんが活躍されていることを見聞きしていました。ミニバスの頃から、数字をつけて自分なりに傾向を把握するといった作業は好きでやっていたので、この種の仕事を性に合っているのではないか、との思いはありました。

構造化と定義付けでバスケを理解する

──アナリスト、あるいはスカウティングコーチとしてのキャリアを積む中で、バスケットボールに対する見方・考え方は少しずつ変わっていったのではないかと思います。大きなターニングポイントはありましたか?

岩部:アルバルクに来て、前ヘッドコーチのルカ・パヴィチェヴィッチさんと一緒に仕事をさせていただいたことが、私にとって大きな転換点になりました。私たち分析班の仕事は、ヘッドコーチの考え方次第で少しずつデータ処理の仕方が変わってきます。パヴィチェヴィッチさんはバスケットボールを構造化し、それぞれのプレーに対して明確な定義付けをしている方でした。コーチングスタッフがその定義を理解することで、いつも同じテーブルの上で議論を進めることができました。

ミーティングに臨む際は、相手チームの特徴を簡潔にまとめて提示する必要があります。その大前提として、バスケットボールに関する基本的な知識が必要です。次が、先ほどの定義付け。ここはヘッドコーチの考え方が反映します。次に観察。これは実際に試合映像を見る行為です。この段階で、分析対象となるチームのプレースタイルに対して仮説を立てます。映像を見ながらその仮説を検証し、最後に枝葉を削ぎ落して本当に必要な情報だけをまとめてミーティング資料を作成します。パヴィチェヴィッチさんと仕事をする中で、このプロセスが私の中でとてもクリアになり、明確なストーリーを組み立てた上でミーティングに臨むことができるようになりました。

バイアスなしで観察することの重要性

──今、分析からアウトプットまでのステップを、順を追って説明していただきました。最も重要なプロセスはどこでしょうか? すべてだとは思いますが、敢えて挙げるとすれば。

岩部:最も陥りやすいのが、観察の欠如ではないでしょうか。経験が積み重なると、「このチームはこういう特徴がある」というバイアスがかかりやすくなります。しかし真の意味で必要なのは、バイアスなしで傾向を見ていくことです。ヘッドコーチも同じで選手もほとんど変わっていないけれど、昨シーズンに比べると少しペースが落ちている、といった事実が見えてくると、貴重な情報を得るきっかけになります。

──自らが描いたストーリーがハマって、勝利に貢献できたときはうれしいでしょうね。

岩部:チームの勝利は他にもたくさんの要素が絡んでくるので、どれだけ貢献できたかはわかりませんが、自己満足できる瞬間は数多くあります。でも反対に、しっかり準備したつもりでも予期せぬパターンでやられてしまうことも、少なからずあります。

細かい戦術の部分に目が行き過ぎて、コアな部分の強さが不十分で試合を有利に進められない事態は、カテゴリーを問わず、どのレベルでも起こりがちではないでしょうか。わかりやすい例は、トランジションの局面です。トランジションはオフェンスもディフェンスも十分に整っていない状態なので、ここをミスなく攻めることができるか、またはしっかり止めることができるかによって、戦況に大きな影響を与えます。もう一つはオフェンスリバウンド。これを確実に取れれば得点確率が上がるのは明白です。先ほど言ったように、これらはバスケットボールのゲームで核心を成す部分であり、疎かにしてはいけない要素です。

印象に残るミーティング

──最近経験した中で、スカウティングコーチとして仕事の醍醐味を感じたものがあれば。

岩部:現在のアドマイティスヘッドコーチは、今シーズンの序盤から、コート上でしっかりコミュニケーションを取ろう、と強調していました。けれども、十分にできていませんでした。特に、戦況が悪くなるとお互いが目を反らすような場面がしばしば見られました。ミーティングでこのことに触れたいとヘッドコーチから話があり、私たちは、コミュニケーションが取れていない場面、反対に取れている場面の映像をまとめてミーティング資料を作成しました。ヘッドコーチは「これは良くない態度だけど、この時は良かった。これを続けてほしい、チームとはこういうものだ」と。プレーの傾向を話題にするのではなく、コート上の態度について語り、選手たちには映像を通してコーチの考えを伝えることができたわけです。その場にいて、とても新鮮で感動した瞬間であり、スカウティングコーチという仕事の意味を再認識した経験でもあります。

プロで通用する選手とは

──スカウティングコーチは、バスケットボールというゲームを深く掘り下げていく仕事だと思います。最近、新しい発見はありましたか?

岩部:今シーズンが始まる前に、改めて「バスケットボールとは?」という問いを立ててみたのですが、考えれば考えるほど、「良いシュートを数多く打てるチームが強い」との結論になります。良いシュートとは、得点期待値の高いシュート。できるだけフリーの状態でシュートを打つ。5対5の状態を1人でも破って数的有利をつくる。これに尽きるのではないかと。

──この記事は、育成年代の指導者の方々もが多く読まれると思います。プロチームにいらっしゃる立場で、「こういう選手ならプロで通用する」と考えていますか。

岩部:ある部分で尖りきっているか、すべての要素において偏りなく、一定レベル以上の能力を備えているか。そのどちらかだと思います。誰も止められないほどの強みを持っているか、または、何でもできるか。各々の適正に合わせて、このどちらかを目指して育成していただくと良いのではないか、と。私たちがスカウティングをしていて、一番対策を立てづらい、止めづらいのがこの2つのタイプだからです。

「書き出してみる」ことで多くの発見がある

──スカウティングコーチの仕事に関心を持つ高校生・大学生たちに何かメッセージがあれば。

岩部:先ほどお話ししたとおり、私自身、恩塚亨さんや末広朋也さんの存在を知って、こうした先駆者の方々がどのような経歴を歩んでこられたのか、自分のキャリアを形成する上でとても参考になりました。ロールモデルとなる人物を設定して、そこから逆算して、どういった環境でどのような勉強をしていけばよいのか、を考えていけばあまり回り道をせずに目標に近づけるのではないかと思います。

──ゲーム分析に興味があって、チームに役立つ情報を得たいとします。その時に最初にやるべきことは何ですか。

岩部:得られた情報、気がついたことをすべて書き出してみることだと思います。ティップオフからゲームが始まり、いきなりセットプレーを仕掛けている場合もあるし、そうでない場合もある。選手の動きを追いながら、時系列で起こったことを書き出してみると、自分がどれだけバスケットボールを理解しているか、そして、理解していたつもりでも見落としていた部分にたくさん気づくはずです。私もアナリストとして活動し始めた頃には、この作業に多くの時間を割きました。このチームのスターティングメンバーは誰々で、ファーストポゼッションでこんなプレーをやってきた、それに対して相手チームはこんな守り方をした、その時のヘッドコーチの表情を見ると、激しく怒っている、多分これはミスだ、という流れですべて言語化していきます。もしくはノートにダイアグラムを書いて、選手の動きを図示していく。

これらの作業をすることで、プレーの因果関係が見えてきます。ポゼッションの最後の局面で攻撃がうまくいかなかったとすると、その2つ前の局面に原因があったりする。それが見えてきます。オフェンス側の一貫した狙いが見えてきたりもします。1試合やるだけでもたくさんの発見があるので、これはおすすめです。


岩部 大輝 (いわべ・ひろき) 1994年神奈川県生まれ。東海大学大学大学院修了。2014-17年 U-24日本代表テクニカルスタッフ、2014-17年 日本学生選抜テクニカルスタッフ、2017-19年 川崎ブレイブサンダースアナリスト、2019年~アルバルク東京アシスタントコーチ/トップスカウティングコーチ

>>>シリーズ第1弾、上野経雄氏へのインタビュー記事を読む

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