【連載】プレーヤーズセンタード・コーチングのすすめ〈3〉

公開:2022/01/14

更新:2022/02/08

小谷 究(流通経済大学准教授、同大学バスケットボール部ヘッドコーチ)

今日の指導者に求められるコア資質の一つと言われる「プレーヤーズセンタードコーチング」とは? 日本バスケットボール協会の指導者養成プログラムにも参画している小谷究氏に、このプレーヤーズセンタードコーチングによる短期連載です。


バスケットボールのコーチの歴史

前回の記事では、今日のバスケットボールのコーチに求められているプレーヤーズセンタードコーチングについて深掘りして紹介しました。今回は、時間を過去に戻し、そもそもバスケットボールがどのようなスポーツで、コーチングがどのように行われていたのかを探ってみましょう。

バスケットボール競技は1891年12月にアメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドの国際YMCAトレーニング・スクールでジェームズ・ネイスミス(1861-1939)によって創始されました。日本では、1913年、日本YMCA同盟の体育事業専門主事の派遣要請に応え、アメリカからフランクリン・ブラウン(1882-1973)が来日したことを契機として、バスケットボールが普及しはじめ、1917年に完訳のルールとしては日本初とされる規則書『バスケット、ボール規定』が発行されたことで、国内の競技大会で使用されるルールが統一され、本格的な競技が展開されるようになりました。これ以降の日本で採用されたルールはアメリカのものを翻訳したものであり、アメリカでのルール改正が、即、日本のルールに反映されていました。

さて、1917年以降のルールではコーチによるゲームへの介入が厳しく制限されていました。今日のルールでは、コーチがコートサイドからコート内のプレーヤーに指示をすることが認められています。しかし、1917年以降のルールでは、チーム関係者がサイドラインより指示することが禁止されていました。つまり、コーチはコートサイドからコート内のプレーヤーに指示することができなかったのです。このコーチがコート内のプレーヤーに指示することを禁止するルールは、タイムアウト時も適用されました。したがって、当時のタイムアウト時と思われる写真では、コート内のプレーヤーがベンチに戻ることなく、コート内で話し合いをしている様子が確認できます。

さらに、当時のルールは選手交代時に交代してコート内に入るプレーヤーと既にプレーしていたコート内のプレーヤーとの会話を禁止したことから、選手交代を利用したコーチによるゲームへの介入も制限されました。

国内の競技大会で使用されるルールが統一された1917年には、日本のバスケットボール界にコーチが存在していました。当時のコーチにはハーフタイムにおけるプレーヤーへの指示及び選手交代の申請といった役割がありました。つまり、コーチによるゲームへの介入が可能な機会は、選手交代の申請とハーフタイムのみでした。

このように、今日のゲームと比較して当時は、コーチによるゲームへの介入が可能な機会が少なかったものの、1924年以前のゲームでは単純な戦術が使用されていたことからコーチがゲームに介入する必要性は少なかったとみられます。ところが、1924年以降のゲームでは組織的な戦術が使用されるようになり、コーチが徐々にゲームに介入するようになりました。例えば、当時のルールは選手交代時に交代してコート内に入るプレーヤーと既にプレーしていたコート内のプレーヤーとの会話を禁止していました。しかし、プレーが再開されてからの会話は認められていたことから、コーチは交代してコート内に入るプレーヤーに指示を与え、プレー再開後に交代してコート内に入ったプレーヤーが既にプレーしていたプレーヤーにコーチからの指示を伝えることでゲームに介入しました。このように、1917年以降のルールはコーチによるゲームへの介入を制限したものの、1924年以降、ゲームにおいて組織的な戦術が使用されるようになったことにより、コーチはルールによる制限の範囲内で選手交代を用いてゲームに介入するようになりました。

それでは、なぜ、競技創案当初のルールは、コーチによるゲームへの介入を厳しく制限したのでしょうか。この背景には、競技創始者であるネイスミスの考えが反映されていたものとみられます。ネイスミスは「バスケットボールはプレーヤーが主体的に取り組むべきものであって、コーチによって左右されるものではない」という考えを持っていました。こうした考えを持っていたネイスミスは、1917年まで規則小委員会のメンバーとして、1924年以降は規則小委員会の生涯名誉委員長としてルール改正に関わっていました。そのため、ネイスミスの考えがチーム関係者によるコート内のプレーヤーへの指示を禁止するルールに反映されていたものとみられます。

前回までの記事において、今日のバスケットボールコーチには、プレーヤーの学びに対する主体的な取り組みを支援するプレーヤーズセンタードコーチングが求められていることを紹介しました。しかし、そもそも「バスケットボールはプレーヤーが主体的に取り組むべきものであって、コーチによって左右されるものではない」という考えのもとに創案されたプレーヤーズセンタードなスポーツだったのです。

>>>連載1 「今日のバスケットボールコーチに求められるコーチング」を読む

>>>連載2 「プレーヤーズセンタードとプレーヤーズファースト」を読む

小谷 究(Kotani Kiwamu)

1980年石川県生まれ。流通経済大学スポーツ健康科学部スポーツコミュニケーション学科准教授。流通経済大学バスケットボール部ヘッドコーチ。日本バスケットボール学会理事。日本バスケットボール協会指導者養成部会部会員。日本バスケットボール殿堂『Japan Basketball Hall of Fame 』事務局。日本体育大学大学院博士後期課程を経て博士(体育科学)。

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