【連載】プレーヤーズセンタード・コーチングのすすめ〈4〉

公開:2022/01/28

更新:2022/02/08

小谷 究(流通経済大学准教授、同大学バスケットボール部ヘッドコーチ)

今日の指導者に求められるコア資質の一つと言われる「プレーヤーズセンタードコーチング」とは? 日本バスケットボール協会の指導者養成プログラムにも参画している小谷究氏に、このプレーヤーズセンタードコーチングによる短期連載です。


専門的知識と対他者の知識

前々回の記事において、我々、バスケットボールのコーチはプレーヤーの学びをコントロールしようせず、プレーヤーの人間的成長とパフォーマンスの発達を支援するより良い環境となれるように学び続けなければならないことを紹介しました。それでは、プレーヤーにとってより良い環境となれるように何を学び、どのような能力を身につければよいのでしょうか。

1997年に世界のスポーツコーチングの発展を牽引・支援していくことを目的として設立された国際コーチングエクセレンス評議会は、コーチが学ぶべき知識として「専門的知識」、「対他者の知識」、「対自己の知識」の3つを掲げ、この3つの知識の中心に「活動の指針となる価値観、理念および目標」を位置付けています。

また、国際コーチングエクセレンス評議会の資料などを参考に作成されたモデル・コア・カリキュラムでは「グッドコーチに求められる資質能力」の領域として、自分自身のコーチングを形づくる中心にある「思考・判断」、プレーヤーや社会との良好な関係を築くために必要な「態度・行動」、スポーツ指導を行ううえで必要となる「スポーツ知識・技能」の3つをあげています。さらに、「態度・行動」を「対自分力」と「対他者力」、「スポーツ知識・技能」を「共通」と「専門」に分類しています。

バスケットボールコーチが学ぶべき知識として、まず、頭に思い浮かぶのが、バスケットボールのスキルや戦術などに関する知識ではないでしょうか。さらに、身につけるべき能力として、それらのスキルや戦術などを説明したり、練習として組み立てたりする能力が思い浮かぶのではないでしょうか。

こうしたバスケットボールのスキルや戦術の知識などは、グッドコーチに求められる資質能力の「スポーツ知識・技能」のなかの「専門」にあたります。したがって、グッドコーチになるためにはバスケットボールのスキルや戦術などについて学ばなければなりません。しかし、バスケットボールのスキルや戦術などについて長けているだけではグッドコーチにはなれないのです。つまり、プレーヤーズセンタードコーチングを実現することはできないのです。

プレーヤーズセンタードコーチングを実現するためには、他の領域についても十分に学ぶことが求められます。「スポーツ知識・技能」のなかでも「専門」だけでなく、あらゆるコーチング現場に共通するスポーツ科学についての知識も必要です。「共通」の領域には、運動生理学やスポーツ栄養学、トレーニング科学、スポーツ医学、バイオメカニクスなどの学問領域が含まれますが、とくに、救急救命法については十分に理解し、技術を習得しなければならない知識・能力になります。このモデル・コア・カリキュラムの「スポーツ知識・技能」が、国際コーチングエクセレンス評議会におけるコーチが学ぶべき知識の「専門的知識」にあたります。

上述したとおり、国際コーチングエクセレンス評議会におけるコーチが学ぶべき知識には「専門的知識」のほかに「対他者の知識」、「対自己の知識」があります。他者を理解するための「対他者の知識」では、プレーヤーのみならず、その他のステークホルダーを知り、それらの人々との良好な関係を築くためのコミュニケーションに関する知識を得、さらに、コミュニケーションスキルを身につけることなどが求められます。バスケットボールのスキルや戦術などに関する知識がどれだけ豊富であったとしても、プレーヤーとの関係性が良好でなければ、その知識を有効に活用することができないことは容易に想像できます。

また、プレーヤーや現場のコンテクスト(文脈)を理解することも求められます。例えば、プレーヤーに大きく影響を与える家庭環境や、これまで受けてきたコーチングなどによってプレーヤーへのアプローチが異なってきます。

つまり、コーチの持つ知識やスキルなどの活用方法がコンテクストよって変わってくるのです。さらに、バスケットボールの専門的知識にしても、スポーツ全般に共通する知識にしても、コーチが学べる範囲には限界があります。コーチは学び続けながらも、アシスタントコーチやストレングス&コンディショニングコーチ、アスレティックトレーナー、ドクターなどといったスタッフや、学校の同僚やコーチ仲間、保護者などの協力を得ることでコーチの枠を超えた知識やスキルを活用することができます。このコーチの枠を超えた知識やスキルを活用するためには、ステークホルダーを理解する「対他者の知識」が求められるのです。

次回は、自己認識と省察にあたる「対自己の知識」について紹介していきます。

>>>連載1 「今日のバスケットボールコーチに求められるコーチング」を読む

>>>連載2 「プレーヤーズセンタードとプレーヤーズファースト」を読む

>>>連載3「バスケットボールのコーチの歴史」 を読む

小谷 究(Kotani Kiwamu)

1980年石川県生まれ。流通経済大学スポーツ健康科学部スポーツコミュニケーション学科准教授。流通経済大学バスケットボール部ヘッドコーチ。日本バスケットボール学会理事。日本バスケットボール協会指導者養成部会部会員。日本バスケットボール殿堂『Japan Basketball Hall of Fame 』事務局。日本体育大学大学院博士後期課程を経て博士(体育科学)。

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