【連載】プレーヤーズセンタード・コーチングのすすめ〈2〉

公開:2021/12/24

更新:2022/02/08

小谷 究(流通経済大学准教授、同大学バスケットボール部ヘッドコーチ)

今日の指導者に求められるコア資質の一つと言われる「プレーヤーズセンタードコーチング」とは? 日本バスケットボール協会の指導者養成プログラムにも参画している小谷究氏に、このプレーヤーズセンタードコーチングによる短期連載です。


プレーヤーズセンタードとプレーヤーズファースト

前回の記事では、今日のバスケットボールコーチには、プレーヤーの学びに対する主体的な取り組みを支援するプレーヤーズセンタードコーチングが求められていることを紹介しました。今回は、プレーヤーズセンタードについてもう少し深掘りしていきたいと思います。

プレーヤーズセンタードと似た用語として、プレーヤーズファーストがあります。もともとプレーヤーズファーストは、ウィニングセカンドとセットで用いられていたようです。つまり、勝利よりもプレーヤーの幸福や学び、成長などが最優先されるといった意味で用いられていました。しかし、プレーヤーズファーストのみが一人歩きし、いつのまにか、プレーヤーの幸福や学び、成長などが最優先され、コーチの幸福は二の次でもよいといった、もともとの意味とは異なるものに置き換えられるようになりました。この意味でプレーヤーズファーストを捉えてしまうと、プレーヤーが幸福で、よく学び、よく成長し、金メダルを獲得するなど競技成績もよく、人間性も高い人格者となった場合、コーチの健康はズタボロで、コーチの家庭が崩壊していたとしても、そのコーチングは成功したことになります。また、メディアでは、こうしたコーチングが美談として取り上げられることもあります。しかし、プレーヤー以外のことを犠牲にしたコーチングの実践がコーチとしての成功とするのには疑問が残ります。

そこで、近年ではプレーヤーズセンタードの用語が用いられるようになっています。初回の記事で紹介したようにプレーヤーズセンタードコーチングとは、プレーヤーの学びに対する主体的な取り組みを支援するコーチングを意味します。異なる解釈をされるようになったプレーヤーズファーストとプレーヤーズセンタードとの大きな違いは、プレーヤーのみならず、コーチおよび関係者も幸福になることが目指されている点です。つまり、プレーヤーズセンタードでは、コーチのメンタルヘルスも含めた健康やコーチの家族の幸福、ひいてはプレーヤーに関わる保護者や、部活動であれば他の教員や事務職の方々との良好な関係性なども求められるのです。したがって、我々、コーチがプレーヤーのために自身の健康や家庭を犠牲にすることはないのです。逆にいえば、プレーヤーズセンタードの考えにおいて、自身の健康を阻害し、家庭を犠牲にするようなコーチングは失敗といえます。

ここまでの話では、プレーヤーズセンタードではなく、コーチセンタードや保護者センタードでも話がつながりそうな気がします。しかし、プレーヤーズセンタードの概念には、学びはスポーツを実施する主体であるプレーヤー本人のものであるという考えも含まれています。つまり、学ぶかどうかはプレーヤー本人のものであり、コーチがコントロールするものではないのです。コーチがプレーヤーの学びをコントロールしようとすればするほど、プレーヤーの学びに対する主体的な取り組みが阻害されることでしょう。

それでは、コーチはどのような立ち位置をとればよいのでしょうか。プレーヤーズセンタードでは、プレーヤーの人間的成長とパフォーマンスの発達をアントラージュ(取り巻く関係者)として支援することが求められます。この点が、プレーヤーズセンタードたる所以といえるでしょう。プレーヤーはコーチ以外にもいろいろなものから影響を受けて人間的成長とパフォーマンスの発達を遂げます。コーチはまず、自身がプレーヤーに影響を与える一つの環境でしかないことを自覚する必要があります。そして、プレーヤーに影響を与える環境としてより良い環境となるように努めるのです。コーチがより良い環境になるためには、学習し、研鑽を積み、コーチとしての能力を高めことが求められます。したがって、我々コーチは学び続けなければならないのです。ここで注意しなければならないのは、我々、コーチがどれだけ良い環境になったとしても、プレーヤーが学ぶかどうかはプレーヤーしだいだということです。あくまでも、プレーヤーの学びはプレーヤー本人のものであり、コーチがコントロールするものではないのです。

このように、異なる解釈をされるようになったプレーヤーズファーストとプレーヤーズセンタードとを比較することで、プレーヤーズセンタードの概念が浮き彫りになります。前回の記事において、今日のバスケットボールコーチにはプレーヤーズセンタードコーチングの実現が求められていることを紹介しました。プレーヤーズセンタードコーチングを実現するために、我々、バスケットボールのコーチはプレーヤーの学びをコントロールしようせず、プレーヤーの人間的成長とパフォーマンスの発達を支援するより良い環境となれるように学び続けなければなりません。さらに、自身の健康や家族の幸福、その他のステークホルダーとの関係も良好なものとなるように努めることが、今、求められているのです。

>>>連載1 「今日のバスケットボールコーチに求められるコーチング」を読む

小谷 究(Kotani Kiwamu)

1980年石川県生まれ。流通経済大学スポーツ健康科学部スポーツコミュニケーション学科准教授。流通経済大学バスケットボール部ヘッドコーチ。日本バスケットボール学会理事。日本バスケットボール協会指導者養成部会部会員。日本バスケットボール殿堂『Japan Basketball Hall of Fame 』事務局。日本体育大学大学院博士後期課程を経て博士(体育科学)。

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